

心霊の心を支えていただいているW教授から、
大震災の12月に被災学生の支援にと発行された、
日高義博学長著の「読書と人生」をいただいた。
その見出しに(本文より)として
私の読書には、底流に流れているものがあるように思います。
本を読んでいて、文章から心象風景が見える、現場が見える、
映像が浮かぶことが、私にとって読書の魅力になっているのです。
読みたいと思っていた“書”を心静かにして、
読める時こそ幸せなひと時はない。
それは吾を未知の世界へ誘い出してくれる。
そのうれしさは人生観、世界観の広がりに見る。
心霊の“書”の多くは、この世に続くあの世の人生を示唆している。
まさしく神が与えてくれたプレゼントである。
著者は受け引いたその“心”を訳者・編集者に託し読者に提供する。
読者は“書”が語る“心”を掴むため時間をいとわず向き合いたい。
知識を節足に習得したいがための、はやる“心”に真髄は見えない。
「心霊研究」2月号からJ・アーサ・フィンドレイ著 高窪静江訳の
人生の道(The Way of Life)が連載スタートした。
40年前の1957年「心霊研究」4月号からの連載の再掲載である。
「心霊研究」3月号、人生の道(2)が届いた頃である。
読むに当たり、(僕はまだ読んでいない)
目次から推測すると(第一章 はじめに)が掲載されていると思う。
心霊の科学的研究の発端となったハイヅヴィル事件も紹介されている。
一連が心霊に関る歴史上のドキュメントを掲げ説明している。
主題(人生の道)からそれて退屈とか、文章が読みにくいからと
途中で投げ出さないでほしい。
次々と展開されていく前段のバックグランドそして時代背景からくる
訳者、編集者の記述であると心得てほしい。
2回3回と読み返すところに意味がある。
号を追って求めるものが見えてくる喜びに出会う。
“一時忍耐”の心意気で継いでいただきたい。
ゆとりの少ない暇(いとま)に人生の道(1)を読む。
「訳者のことば」の前段に心霊研究の究極の目的が語られている。
まさしく吾求める著者の“心”なりと。
しかし「序章」に進んだとたんにつまずく。
すんなり読んでいけなくなる。