
○ 秋晴れの残暑に憩い楽しむ榴ヶ岡公園

○ 小雨模様の田舎の草刈 強力な助っ人が頼もしい

○ 刈るに忍びない可憐なつゆ草
2013年9月22日(日)研修会報告
場所:松尾神社(寿間) 講師:糸山 祥子 先生
Ⅰ.時間割
1.受付 9:30~10:30
2.本日のスケジュール案内 10:35~10:40
3.勉強会 10:40~12:30
昼食および休憩 12:30~13:10
4.精神統一と霊査・講評 13:15~14:30
5.講師講話 15:00~16:00
6.講師見送り(お茶会) 16:10~
Ⅱ.参加者19名
Ⅲ.勉強会(内訳)
(1)「心霊研究」誌 昭和41年4月号、5月号より抜粋し紹介
① 「墓と霊地について(三)(四)」を読み上げ後座談。
(2) 遺伝病解消法「血縁と病相」佐野行信氏著を来月に解説することとする。
Ⅳ.座談より思う
先月に引き続き「墓と霊地について」の座談より
少子高齢化、都市化、そして仕事による居住地の不定は、
先祖系列の継所なる“霊居”の“霊居”たる存在に問題が起こってきた。
この現実に直面し、今の自分が取るべき道を、
遷寺・遷墓と永代供養について探ってみる。
◇遷寺・遷墓
代々のご先祖が延々と継がってきた心地よくも住み慣れた“霊居”を、
この世の理由によりお移りいただくのである。
生前、現世を生きた歴代のご先祖は、その“霊魂”に心的経験の一切を内包する。
いわゆる想念界のご先祖達に遷寺・遷墓のコンセンサスは果たして得られるか。
また幾多の難儀をして遷寺・遷墓を実施したとして、次の代に継げられるか。
良縁悪縁好むと好まざるとに関わらず、継がって影響を受けて生きている中、
相当の何かがなければ一代が扱うにこの事象は重すぎる。
相当の何かはあるのだろうか、あるとすれば何なんだろうか。
その時の最善と決断し実施する次元の事象ではない。
誤ればその影響は時空を超えて遍く被る、不幸な悲惨な多くの事例が物語る。
体系の大計に照らし真なりかは計り知れないのだ。
現世の一例として、15年前に義父が仙台に来るに至った想いを思い出す。
「義父は義母に遅れること5年、5年を引き留めた想いは、
親から引き継ぎ住み慣れた“顕居”への愛着だった。
しかし一人住まいの気まま自由の楽しみも、
歳と共に訪れる肉体の衰えが、次第に不便さと寂しさに変わっていく。
南方戦地をくぐりぬけ生かされ生きる頑固な義父、
風邪をひき五日ほど寝込む一人住まいの苦しみを味わう。
これがきっかけとなり郷愁の地を離れることになった。
いわゆる「背に腹は代えられない」と判断したのだろう。
このように現世において、現世的に恵まれた選択肢があるにも関わらず、
生体の限界に及ぶ5年もの間、移るのを拒んできた身近な例である。
住み慣れた環境への想いはとてつもなく強い。
これは例外ではなく一般的に見られる。
ご先祖達はこの思いを抱き安住の“霊居”として存在しているのではないだろうか。
◇永代供養
今自分が取るべき道に永代供養がある。
物理的に御供養が難しくなった後の一定の期間を、
菩提寺に供養していただく永代供養の道を選択する。
田舎の霊地(墓所・墓石)は父か母の旅立ちを機に整える。
ここまでは今自分達がご先祖に対してできることである。
田舎の家はいつまで健在でいつまでメンテナンスができるのか。
次の代と話し合わなければならない。
また自分達はどこに行くのか。
住み慣れた居住地を離れ父・母の霊地に収まるのか。
この事も次の代と話し合わなければならない。
◇次元の異なる世界
この問題の難しさは一代でクローズしない事象にある。
心霊の学びはこの問題解決に最も望ましい道を啓示してくれる。