
○夏の終わりに

○夏の終わりに
◇ 啓 示
筆者は修行中、常に注意されたことがある。
「怒り、妬み、怨み」を心に抱くことは「怒り、妬み、怨み」が相手に届く前に、己の内部で爆発して、自らを破壊してしまうということであった。
この自殺行為を止める道は何といっても、前述の如く、まずもって自らの矛盾を自らの意思において整理し浄化することである。
そのためには他者に対してはむろんのこと、自己に対しても否定の思念を投げつけることなく、否定的な言語を自ら吐くことなく、破壊的な言語を戒めて生きることである。
つまり相手を褒め讃える言葉、調和を言い表す言葉をもって、人生を生きることで、それこそ真理を生きることである。例えば、
人に汚物を振り掛けようとしてそれに手をかけたら、誰が一番先に汚物の臭気と汚染を感じるであろうか。言うまでもなく、己れ自身である。
もし花を愛で、その歓びを人に与えようとするなら、誰よりも早くわが衣に花の香りを満たせる者は、ほかならぬ自分自身である。
このように愛はまず人のためにあるのではなく、己れ自身のためにあるのだとわかったとき、真理の神は「怒りも、妬みも、怨みも、憎しみもない神である」ことがわかり、その神は愛の神であり、平和の神であることを知るであろう。
「天晴れ(あっぱれ)、あな清明(さあけ)、おけ、あな面白、あな楽し」と叫ばしめた古代の祖先らの心は、真理を愛し、平和を愛した民であることを、古典は物語として今日に伝えている。
山陰神道第七十九世宗家 山陰基央氏
神道の現代的解義より「真理の本源者を観る」「心霊研究」誌より原文紹介
◇ 遭 遇
盛岡へ出張、かばんに入れた読みかけの抜粋、
最後まで読み切っていないため、今まで何回も1ページ上記の啓示に遭遇す る。
何回も読んだ、何回読んでも新鮮で素朴な言の葉だ。
真理とはこれなのだとつくづく思う。
例会では話した覚えがあり、ブログにも紹介したような気もするが、
日々生きる中、出会うさまざまな情景に、
この真理をその時々おいて思い出してほしい。その想いから原文を紹介す る。
日々心霊美の発露を期待して。