
○ 部屋から松島湾を望む(眼下に水のないプールが見える)

○ バイキングの夕食

○ 松島 観蘭亭を望む
ふたたび
◇小旅行の追憶
義母の米寿祝に、松島のホテル壮観へ家族で出かけた。
それは一年半前の三月十一日(金曜日)の午後、
いわゆる大震災発生時の居場所であった。
お祝はかなわず必死の思いで帰宅したのを思い出す。
《投稿ブログ2011/4/15「日々随想」“2011年3月11日の現実”》
◇果たされなかった小旅行へのチャレンジ
金曜日の午後に半日休暇いただき、
家内も休暇を取り午前中に父母を病院に連れて行き、
終わったその足で僕を迎えに来た。
会社が代わり出発地点とルートは変わったものの、
天気模様も曜日も家族も車も行き先も一年半前と同じ出で立ちである。
午前中バタバタした家内は一年半前の僕に代わって、
助手席でパンをかじり和んでいる。
ゆったりと車窓から秋模様を眺め利府街道に別れを告げ、
右手方向に「西行戻しの松」への案内を見、
眼前には壮大な海が開けてくる。
16時過ぎにチェックイン、海辺に面した4階の部屋から、
松島湾が一望できる。
揺れるあの時、立ちはだかって海辺を見る中、
バケツをひっくり返したような眼下のプールに今は水はない。
◇無常
義父を連れ待望の展望風呂に行く。
歳ごとに進む身体の“いたみ”が見苦しい。
この頃散歩もしなくなった。
頑固になりすぎたようにも思える。
そしてメッキリ老いが激しくなったようにも見える。
「使わないものは淘汰する」
全うする寿命の過程なのだろうか。
遠くに鐘の音を聞く。
瑞巌寺の鐘だろうか悲哀を覚える。
“鐘の音に 老いた親父の 見る姿 重ねるわが身 思う無常”
今の心境に複雑な気持ちを隠せない。
◇達成
遅かりし義母の米寿祝いは成就した。
娘も安堵したことだろう。
温泉にゆったりと浸り新鮮な海の幸に舌包みを打ち、
親子でそれなりに平和でいられる事に感謝しているのだろう。
安眠・・・・
翌日、
オルゴール館は震災で閉鎖のため松島魚市場へ、
そして塩釜仲卸市場へと“はしご”する。
そしてまた「利府梨」を求め、安寿の住まいに帰る。
帰宅した老夫婦曰く、
年老いて旅に疲れたのだろう。
“やぱりわえ(我家)がいちばんえ(好い)”