
○ いなかの冬 白き たおやかな峰を見る

○ 自宅のミニ公園は 枯れ木に純白の花が咲き見事。

○ 清水が湧き 幼かりし頃 上って遊んだ栃の木の芽に春近しを見る。
週末のひと時
◇春近し
寒さはだいぶ和らいできた。
雪が降っている。
されど春の雪、肌を刺す厳しさは遠のいた。
◇震災から一年
大震災から早や一年を数える。
昨年の大震災前日に当たる週末の今日、
泉岳で「鎮魂花火打ち上げ」が行われる。
冬の花火は見たことがない。
雪山で繰り広げられる花火はさぞかし幻想的だろう、
と期待して参加を申し込んだ。
◇切なさ
しかし開催が近づくにつれて日増しに、
何とも言いようのない“もの寂しさ”がつのる。
家内は最初から「行くの!」と乗り気でなかった。
確かにあの悲惨な情況を免れた者が、
鎮魂と言う大義をもって花火を見に行くものか、
と自責の念が強くなっていく。
行くのをやめると決断した、その時から気が晴れる。
◇年度末
新しい会社に来て初の年度末処理をむかえる。
もともとの“根性無し”には一夜漬的な頑張りは望めない。
一つひとつの地道な処理は無理なく仕事が見えてうれしい。
“憂う”ことほど仕事を無味にするものはない。
性格をうまく環境に落とし込む年代になったのだろう。
◇餅は餅屋
前々会社の退職記念にいただいた腕時計が故障した。
おじいちゃんからも修理に出してほしいと二個頼まれる。
古いがいずれもそれなりの良い物である。
家電販売を安く手広く展開し繁盛している店の
時計修理窓口に持って行ってひと月になる。
一昨日、二個は修理不能であるとの連絡を受ける。
午前の仕事を終え返品を受け取りに行く。
おじいちゃんの一個は修理できたのでよしとし、
もう一個はあきらめてもらうことにし、
その足で老舗の時計店に持って行く。
十日ほどで修理できると言う。
修理代は家電店提示のほぼ半額を告げられる。
“餅は餅屋”を実感する週末のひと時であった。