
日曜市

高知城

桂浜
高知紀行
◇旅立ち
雨の仙台空港周辺は3.11震災の傷跡が生々しい。
空模様が悪いと連れ添うチョットした言動もお互いに雨模様となる。
気分は環境により大きく左右されるものだと思う。
大阪伊丹空港を経由して高知空港に向かう。
飛行機は二人で行った数年前の韓国旅行以来の搭乗である。
昼過ぎ三十分以上遅れて高知空港に着く。
◇高知
高知支部の祖霊祭に訪れて以来のことでなつかしい。
スコールのような激しい雨の中、Iご夫妻の出迎えをいただく。
途中寄り道し梨園を訪ね「新高梨」を始めて知った。
家内が「しんこう梨」?、「にいたか梨」です。
いわゆる高知県産の今村秋梨と新潟県産の天の川梨の交配により
1個1kgもする大きくて甘い梨は高知県で栽培が盛んだと言う。
梨園の作業小屋は甘味に集まる小虫が飛び交っている。
くり抜いたペットボトルに剥梨を入れ数か所に置いて、
虫よけをしている工夫がおもしろい。
飲み終え夜遅く招かれた高台の展望風呂付のI家別宅を訪ねる。
10年前と何も変わっていない、なつかしい。
◇am高知
坊さんかんざしのはりまや橋の赤い欄干を窓越しに朝食を楽しみ、
好天の中、はりまや橋近くから繰り広げられる日曜市を散策、
追手筋1.3kmに500の出店が並ぶ元禄時代から続く由緒ある市場である。
街路樹はヤシの木に似た南国特有の木、
朝日に照らされたその美しさに魅了されカメラに納める。
そして前から購入を決めていた土佐金物の左用小刀を買い求める。
水晶球と同じように机に置いておくと何となく心が落ち着くのだ。
日曜市の終点から高知城へ足を運ぶ。
馬の手綱を持つ賢妻、山内一豊の妻の銅像前で、
感謝の意を込め我妻を並べてカメラに収める。
天守閣までの階段はさすが戦国の世情を映し出している。
◇pm高知
13時から代表会議に先立ち精神統一会が開始された。
各代表そして各地の会員の方も参加され、なつかしいお顔がうれしい。
震災の気落ちを少しでも晴れればと「高知よさこい」のCDをいただく。
また、高知10年の面影を抱くお嬢さんと挨拶を交わせてうれしい。
岡村代表のもとに霊能者山野口先生とお二人の副手が霊査に回られる。
統一前に生体をしっかりほぐす軽い体操が行われた。
そしてそれぞれの場、交わり、すべて楽しくあるべし。
また、産土の神への畏敬の思いを忘れてはならないと諭す。
講評はしっかりとされる。
含みを抱く抽象的な内容を自らの魂に照らして素直に神授する心が大切だ。
15時から会員、理事、代表との意見交流会が開催された。
高知の若い会員の方から活発な意見が出された。
議事録がきっちりと空転しないように歯止めになってほしいと思った。
17時から会員参加の形で代表会議が開催された。
新公益法人への移行経過は申請の段階で今年度中を希望している。
1月は現理事評議員の評議員会、そして代表会議が本部で予定される。
次回の持ち回り代表会議は40周年に併せ中国研究会で開催予定。
等が短い時間の中で話し合われた。
いずれにしても、
神々の“集いに集い議りに議る”大事を大祓詞が教えている如く、
一歩一歩前進する手立てをしっかり整えることの大事を知るべきであろう。
18時半頃から会場近くの料理屋で2時間ほどの会食会が開催された。
◇高知観光
翌日、時間の許される参加者のために代表が車2台を準備して
案内して下さった。
主催においてはどこでも身内の援助は付きもののようだ。
晴天の中、五台山竹林寺、そして桂浜を案内していただく。
そしてさらに時間の許された一行はIさん紹介のおしゃれな
食事処で代表と昼食をとり龍河洞まで案内していただいた。
南国土佐を後に、最後までご接待を賜り心からお礼を申し上げたい。
仙台空港は旅立ちと同じく夜の暗い雨模様である。
しかし心霊、この心の交流の楽しかった思い出は雨も暗いも
跳ね付けるエネルギーを備えていた。
ありがとう。
◇◇いきさつ
そもそも持ち回り代表会議の開催される地域の研究会は、
「貴協会は東京都所轄の財団法人であり地方組織は管轄外、
よって改善せよ」との都指導により歴史ある支部分会が廃止されて八年、
代表を主宰者とした自主研究会としてスタートしたものである。
会員二千名の大半が都居住者以外であることを考えれば、
公益法人として全国展開してきた歴史が伺われる。
心霊の地域の先達である代表が各地域研究会の活動をとおして
歴史と文化を訪ね親睦を交わし相互の発展を目指す代表会議は、
理事長等が参加する本部の支援をいただき、
盛岡、仙台、福井、東海そして高知と五年の足跡を刻んだ。
そして来年は中国、再来年は関西の開催が予定されている。
実りある展開を望むものである。