
お盆がやってくる。
今存在する自分なる個を魂をふりかえる時、
父母のことそして遠いご先祖のことを懐かしく思う。
再会の日がまもなくやってくる。
宿命としての霊魂を、考えに考え深く入っていくとき、
自ずと霊魂浄化の絶対的必要性が浮かんでくる。
百年この世、よく生きなければならない大事がわかってくる。
◇
人間は神の周到な計画の元に、過去から連綿と連なる
千差万別のそれぞれの個性を携え、そして使命を付託されて
この世に送り込まれるという。
それは、千差万別の個と個の真っ只中に自分なる個が存在することになる。
そして、自分なる個は自由なる“智情意”を行使し、他の個と関わり
付託された使命の達成を目指して生かされることになる。
自分なる個が発する作用は遅かれ早かれ反作用として帰ってくる。
その時々の喜び、怒り、哀しみ、楽しさを経験して生かされる。
◇◇
生きる、それも良く生きるということは容易ではない。
そこには、数えきれない多くの試練と発見が用意される。
繊細な心身は常に安定しているわけではない。
歳とともに生身の体は痛いの、苦しいのとなる。
生体リズムがあり、運勢があり、相性もある。
個は壮大な神なるバックグランドの中にある。
神なるバックグランドは無限のエネルギーを保有している。
◇◇◇
このエネルギーを享受できるのは、
使命を全うしようと努力している時だという。
使命それは、個がその時々において頼もしく立ち向かう時だという。
未熟なる個はより精緻へと、この世での進化の過程を辿ることになる。
それは、優れたところはより磨かれ、悪しきところは削られ、
足らざるところは補われていく。
そして、永久の過程をとおして、それぞれの個は究極の善へ和合していく。
これが神の求めるところである。
“天は自ら助けるものを助ける”
究極のことわざに真理が伺える。
使命、それはよく生きる事といえる。
◇◇◇◇
お盆、三つ子の魂のふるさとへ帰ろう。
今、真っ青な空、窓にそよぐ白樺の幹葉を見る、
せみの声を聞き、やさしく問いかける風鈴の音色を聞く、
この安らかなる“魂”の響きを感じ、
平和なひと時“ありがとう”といわず何と言えようか。
☆ 写真は仙台市外にあるゴルフ場
真夏日の空と雲と緑のコントラストが美しい