子供の頃、「お前は素直じゃないな!」とよく言われた。

素直とは、先生や親の言う事をきちんと聞く子どもだと言われた。

でも最近「それ違うよ!」と教わった。

素直とは相手の言う事を聞く事ではないよ。
自分の言う事を聞くことだよ!

自分の気持ちに正直になることだよ!

もっと深く言うと、素直=素に直結することだよ。

自分の本来の存在と繋がって生きること。

それを素直と言う。

https://www.youtube.com/watch?v=bFOW9IwC9a8

素直になれなくて  シカゴ

あなたは人を信じられますか?
人を信じるとはどういうことでしょうか?
正確には「信じたい」でしょうか。

「私はあなたを信じ
ます」と言った瞬間
その相対の「疑い」が生じます。
というか
そもそも疑いから生じたもの
「私はあなたを信じます」
ですね。

明白なものには使いませんからね。
奥さんに
対して「お前を女だと信じる
とは言いませんものね。

ある講師から「信じるとは問わないこと」
と教えて頂きました。
そしてこの世はミラーワールドです。
すなわち相手は居ません。
映っているのは自分です。
つまり自分を信じられるか?と
言うことですね。

トランセンデンスという映画ご覧になりましたか?

この映画を見て感じたことは
パートナーを(自分を)何処まで信じられるか?
と言うことです。

信じることの難しさ、そして信じることの凄さ。
本来人間には信じると言う機能が無いのだそうです。
人間を超えていくしかありませんね。

先日のサッカーのワールドカップを観たある女性が次のように表現してくれました。

男は勝たなければいけない、勝たなければ価値がない!と今まで思ってきた。女性はそれをサポートする役割。勝ち続ける男性にかっこ良さ、男らしさを感じてきた。 

しかし本田選手の「敗けを受け入れるしかない」というコメントを聞いてハッとした。ベストを尽くした彼らのその姿に心からOKをだせた。敗けてもいいんだ。やっと男性の敗けを受け入れることができた。そしたら目の前のパートナーが昨日とはまるで違って格好良く見えた! 

それを聞いた私は、初めて女性から弱い自分を認めてもらえた気がして泣けてきた。母親からも妻からも出世することを期待されていると思い込み、頑張って頑張ったけれども反転する人生。所謂“勝ち組”になれなかった自分に対して「そのままでいいよ」と言われた気がして、もの凄く癒された。

それはすなわち勝ち負けに拘っていた自分が、弱い自分を許せた瞬間でもあったと気が付いた。

「いい加減な自分」を発見した。
行き先をキチンと確認しない。
予約をキチンと取っていない。

行けば何とかなるさ!
事前に色々と確認するの面倒くさい。

しかしその為に大切なイベントに参加できなかった。
もの凄く楽しみにしていたのに・・・。
そして一瞬自分を責めてしまう。
「いい加減な自分」を責めて凹む。

しかしやがてあることに気付いた。
「そのお陰で命が守られてきた!」
と感じられた。

私は中学校時代壮絶な虐めに遭った。
不良グループに毎日のように虐められた。
大人になっても事業に失敗し落ちるところまで落ちた。
本当に何度か死のうと思った。

でも「ま、いいか!何とかなるさ。」

このいい加減さが自分の命を守ってきたと気が付いた。
片側だけでは存在できない。
必ず相対が存在する。

その事を感じさせる体験でした。

旦那様を見るとついつい
がんばれ!がんばれ!と言っています。
だって、稼ぎが悪いし、上を目指そうとしないし、挙句の果てにはリストラに会い、家でぼけーっとしてばかり

子どもの事はとても大事にしている事は感謝だけど

旦那の良いところ見つけても
心の底からありがとうといえずに

何か頑張るとか、私を楽させたいとか思わないのです。

旦那の顔を見ることがストレスです。

離婚は考えていませんが
どうしたらよいでしょうか?

ーーーーー


自分の嫌っている男性性が目の前に映し出されます。

と言うことは、稼げない男、甲斐性なし、うだつが上がらない男を嫌ってます。

男はこう有るべき!と言うものを持っています。

その偏りを教えてくれているのが旦那さんです。

良いじゃないですか。

主夫してもらえば?
あなたが旦那さんを養ってあげたらどうでしょう?

相手にこうして欲しい、ああして欲しいは自分の欠乏間や不安感を埋めるためですね。

外側を変えようとしても無理です。

相手を見て自分を知っていきましょう。