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40歳の「社会」童貞男

ニートが社会問題化したのはいつ頃だったでしょう?
20年間のニート歴のある40歳男が初めて社会に出て「社会童貞」を卒業しようとしている
とあるエピソードだと思ってください(⌒∇⌒)

 

社会童貞男が初めて社会に出る。

 

本人も緊張しているだろう。

 

このタイミングで二つ返事で働くことに挑戦するという事は、

やはり「なにかしなければならない」という思いは

彼の中に存在していたのだと思う。

 

何をすればいいかわからない。

何をしたいかわからない。

年下に使われたくない。

そんな気持ちがあったのかとようだ。

 

それが、知り合いの紹介で一緒に働ける。

店主は年上。

 

彼にとって最初の仕事としての入り口は、

これ以上飛び込みやすい事はなかったのかもしれない。

 

ただ、彼としては100%スネをかじっている環境から、

一変して生活費を稼ぐほどの働き方はハードルが高く、

些少の小遣い程度で少しずつ慣れていければ、

時間や日数を増やしてと考えていたようだ。

 

まぁまぁ、世に出るチャンスであることには

違いない。

 

 

彼にとっては「出来れば少しも働きたくない」というのが

本音だろう。

 

 

仕事をしないで生きていければ、それは楽な選択だろう。

 

 

ただ、彼と私を含む仲間内でこの20年間は、

みるみるうちに感覚の乖離を生んでいった。

 

 

社会人としての経験値が積まれていく我々と、

社会童貞として経験値を積んでいく彼との感覚の差は、

 

 

モノの考え方や価値観。

時間の使い方。

人との関わり方など、あらゆる事の感覚の隔たりが生まれた。

 

仲間内でも彼に提案したり批判する事が多くなったが、

彼は意に介さなかった。

というか、彼はほぼ無視だった。

 

そのうち彼には何も言わなくなった。

 

彼の仕事に関する話題は次第にタブー化していった。

 

 

私自身はある時から、彼をうらやましく思う事もあった。

 

 

自分の好きな事だけに好きなだけ時間を使える。

生活費を気にする必要がない。

マイペースで生きられる環境。

 

その段階で死んだとしたら、

彼は好きな事だけやって死んだことになる。

その時点で死ねば、なんて充実した人生なんだろう。

 

誰もがしたくない事もしながら生活に追われたり、

やりたい趣味などを我慢したりしながら生きていたりする。

 

そんな中、やりたいことだけやって死んだとしたら幸せだろう。

 

そんな風に彼を見るようになった時期があった。

 

ただ、人生は続いていく。

彼の取り巻く環境も変わっていくだろう。

 

 

そんな中、さすがに働くことに挑戦できなくなっている自分に

彼自身も危機感を感じていたのだろう。

 

 

そのタイミングでアルバイトのオファーに食いついたのは

自然の流れだったのかもしれない。

 

 

面接の日が近づく。

 

今思えば、面接ってやっぱり大切。

そう感じる事になる。