そうしているうちに、夫が買い物袋を下げて戻ってきた。


かっぱえびせん梅昆布味を二人で食べた。


おいしい。のどが渇いた。コーラを飲む。


『最後の1本だったんだよ』夫が誇らしげに言う。


「そうなの、すごいね」夫を疑って本当に申し訳ないと思った。


また何か買ってくるからという夫に不安を感じ、


私が行くと言ったが、夫が行くという。


特に何か欲しいものがあったわけではないが、


この場所にこれ以上は一人で居たくなかった。


気が変になりそうなんだ、夫に言いたかったが、夫も同じだろうと思って黙った。


今度は地面に座って、夫の帰りと給水車を待つ。


時計を見ると2時半になっていた。


今日は水を待って一日が終わるのか。


こんなことしてていいのか不安になったが、職場に行ってもなにもすることはないだろうと思った。


やがて夫が戻ってきた。


今度は酒を持っている。


情けなかったが、夫も不安なんだろうと、今日は許してやることにした。


そういえばさっきからトイレに行きたかったので、


夫に代わってもらって近くのトイレへ。


建物の中はひんやりとしていたが比較的きれいで、


トイレもきれいだといいなと思いながらスリッパを履き替えトイレの中へ。


女子トイレは、海外含め、これまで見たどのトイレよりも汚く、においが酷かった。


吐き気がして、トイレは断念した。


この靴下は捨てよう。スリッパを履き替えるときに考えた。


あらゆるストレスがトイレに吐き出されていると思うと悲しくなった。


元の場所に戻った時、さらに疲れが増していると思った。


時計をみると3時。


時々教室の中を見て、


電気がついてないか、チャイムが鳴ってないか、


希望的妄想を繰り返した。


そのとき、給水車がきた。


やっと帰れる。


給水車から降りてきた人が言う、


『水は一人2リットルまでです』


これにまた反対する人がでる。


携帯がつながらないから、現場で聞いたままを伝えている、という。


男の人がつかみ合って喧嘩が始まる。


給水車は2台のようだ。


給水が始まる、みんな、20リットル入れている、やっぱり。


自治会のハッピを着た人が、


『ここまで進んで、あなたでいったん止まりましょう』と私を止める。


混乱を避けるためだろうが、急に不安になる。


自分も20リットルもらえるのか、前の人はもらっている、


自分からは2リットルと言われて、冷静でいられるだろうか。


みんながズルをして20リットル以上もらっている気がする、


前の列に人が割り込んでいる気がする、


でも冷静でいなければいけないと思った。


こういうときは、私の不要の一言で、無駄な争いを生むものだと思った。


ところが私のうしろのオバサンが、


『もう勝手に前に行っていいんじゃないの、抜かされてしまうわ』と言った。


99%私に対して言ったものだと思ったが、


無視することにした。


腹が立った。


言われなくてもわかってる、


きっとみんなも思っているけど、黙って我慢している、


なのにこの人はどうして口に出して言うのだろう。


本当に腹が立った。


うるさい!って叫びたかった。


でも、我慢した。


やっと私の番が来た、


夫と手分けして水をペットボトルに入れる。


2リットルと500ミリリットルのペットボトルと、


焼酎の紙パックに水を注ぐ。


蛇口を止めても水が出続けるため、


ペットボトルを入れ替えるたびに『もったいない!なにやってんだ!』と怒られた。


そんなことは私もわかっている。


申し訳ないと思っている。


でもただひたすら、持ってきた容器を水で一杯にすることだけに集中した。


終わって、その場を離れ、夫を探す。


疲れた様子の夫を見つける。


夫になるだけ明るい声で、「怒られた?」と聞く。


『いや』夫は気にしないようにしているようだ。


このままツタヤに借りていたDVDを返しに行くことにした。

目の前の人々が散っていく。


夫はまだ来ない。


給水車の水はまだ残っているようだ。


私には散っていくところなどないのだからと、


給水車の列に並び直す。


人が散って行ったお蔭で、割と前のほうに並ぶことができた。


『あれだけ傾いてるってことは、残り少ないってことだな』


『次の給水車がくるのに、4時間かかるんだってさ』


人の声が聞こえる。


校舎の時計を見る、12時半、4時間なら、陽の高いうちにもらえるかもしれない。


夫が来るまで待っていよう。


間もなく給水車も水が切れ、出て行った。


列の中の誰かが、


『次にくる給水車は3トンです。1人20リットルとして、先着150人までです』


思わず前から自分までの人数を数える。


大丈夫だ、40人くらいには入っている。


後ろを振り返る。どう見ても300人以上はいる。


が、後ろの人には今の言葉は聞こえていないようだ。


『1家族20リットルだから、ズルしないように、ポリタンクを真ん中に置きましょう』


言われるとおりにしたが、これはあまり意味がないようだ。


そのうち、『前から人数を数えます』


何者かわからない人が、カウントし始める。


『42』と肩をたたかれる。


やった、助かった!と思った。


しかし数分後、別の誰かが、


『1人2リットルまでになりました』と言って回った。


札にも同じ内容のことを書いて、立てている。


これだけ待って2リットルか・・・


落胆したが、仕方ないと思った、その方がずっと平等なんだろうと思った。


ところが列の前のほうの男性たちが怒鳴り始めた。


『おかしいじゃないか、お前は何様だ、誰の許可をもらってそんなことを決めているんだ』


いや、あんたこそ、何様だ


そう思うが、誰も口には出さない。疲れているのだ。


少しすると、また別な誰かが


『20リットルに決まりましたよ』と言って回る。少しラッキーだと思った。


しかし、もちろん150人にもれた人は黙ってはいない。


人数だって、もれた人のほうが圧倒的に多いのだ。


そのうち自治会のハッピを来たおじいさんが拡声器で話し始めた。


『みなさん、私は役所の人間ではない、


 役所の人間はここには一人もおりません。


 地下には15トン(注150トンと言ったかもしれない)の水があって、


 普通に配ればこの地域の人全員に行き渡るはずのものでした。


 それを無計画に配り、枯渇させたのは本当に申し訳ないと思っています』


なんだと!役所の人間はどこへ行ったのか!?


今、ここにいなくて、どこで何をしているというのだろうか!?


役所も役所だが、


役所の許可なく地下水を配り、枯渇させるというのは、


一体どうなっているのか。


怒りが込み上げてくる。


『しかし今、より多くの人に水を行き渡らせるためには、


 ひとり2リットルが限界なんです』


もう、どっちでもいいと思った。


疲れたし、帰りたかった。


言われた通り、決められた通りにしようと思った。


そうして諦めてしまうのが、もっともストレスにならないことを知っていた。

3月13日(日曜日)8時半まで眠ってしまった。


普段なら完全に遅刻だ。


今日の目標は、なんといっても水の確保だ。


昨日のスーパーでも、病人以外はもらえなかった。


給水車が来ているらしいと、人の話を盗み聞きして得た情報を頼りに、


◆◆小学校へ。


車で近くまで行くが、車がとめられそうにない。


迂回して遠くに置いて、歩いて小学校へ行く。


小学校に着いてため息が出た。


グラウンドいっぱい人の列。


なんだこれ。


水ってこんなに出るんだ。


驚いた。


とりあえず列の一番後ろに並んだ。


バケツでこちらを乱暴そうに指差している人がいるのが視界に入った。


なんだろう。


うしろにおばあさんが並ぶ。


夫は周辺の店で食べものを調達してくるというので、


私一人で並ぶことにした。


少しすると私服の60歳くらいの男性が2人きて、


『横入りしたのは誰ですか』と聞いている。


思わず手を挙げた。


『駄目じゃないか、みんな並んでいるのに』


言い返そうとしたが、みんな気が立っているんだろうと、口をつぐんだ。


直後、『なに、誰か係りの人が札でも持って立ってないとわかんねぇっすぺ』


と、うしろに並んだおばあさん。


係りの人がいるのか・・・と感心していたが、


『オラもボランティアでやってるだけで、役所の人でないの、係りの人なんていねぇんだよ』


と、おじさん。


やっぱりなー、そうだよなー、と思いつつ、


おばあさんと一緒に最後尾だと指刺されたほうへ歩く。


こんなところに並んでいて、水はもらえるのかなぁと不安になりながらも、


一応、並んでみる。


夫はこんなところに来た私に気づくかしら。


前に、シーズー犬を連れた夫婦がいて、とても癒された。


犬はこの非常事態を感じているのか、妙にキョロキョロしている。


お散歩仲間を探しているの?


校庭のあらゆる角という角にマーキングしている。


おめでとう、地震のおかげでこの校庭は君のものだよ!


ひとり考えていた。


2時間ほどたった頃、


『ここで、給水車に行く方と、地下水に行く方に分かれて下さい』


という声がした。


どうやらここは、地下水をくむ蛇口が8つと、給水車の蛇口2つがあるらしい。


給水車のほうは列は短いが、給水車がカラになればまた一から並び直さなければいけない。


地下水のほうは列は長いが、給水車のように無くなることはない。


理解するのに時間がかかったが、そういうことのようだ。


皆、迷わず地下水の方へ並ぶので、


私もそれに続くことにした。


さらに1時間が経過した。


夫はまだか、水を一人で運べというのか、夫は車で寝ているんじゃないか。


待ちくたびれて、心がイヤなことばかり考えてしまう。


上を向き、空を見て、深呼吸、何度も繰り返した。


人々のおしゃべりがうっとうしく感じ、


子どもの無邪気に遊ぶ声に苛立ち、


精神的に限界が近づいていた。


前のほうがざわつく。


なんだろう、聞こえない。


耳をすます。


男の人の声、


『水終わりだって!』


周囲で怒号が飛び交う。


『なんだよ!』、『ふざけんなよ!』、『何考えてんだよ!』


誰に対するものかわからないが、次々に叫ぶ。