『ヨーロッパの魔法の都』『黄金の町』『北のローマ』『百塔の町』などと称せられる『プラハ』。

今回の旅行の『ベスト・メモリアル、自慢の一枚』はこの画像です。

ヴルタヴァ川(モルダウ)両岸に広がる古い都『プラハ』。

そのヴルタヴァ川にかかる『カレル橋』を中心に世界遺産『プラハ歴史地区』が広がります。

この一枚は上流からヴルタヴァ川をメインに橋と橋塔をねらったショットです。

橋塔の塔の先が切れているのがダメ、と私のかみさんは批評しますが、私はヴルタヴァ川をメインにしたつもりですから、橋と塔は付け足しです。(爆笑)

この31日間の旅の『ベスト・メモリアル』に選んだ理由でもあります。

旅の間にいろいろ知り合った人たちを一つひとつ思い出すと、また旅に出かけたい誘惑にかられます。

今度はアメリカ大陸横断、だなあと。

国立公園を10カ所ばかし巡訪して、ボストン美術館とNYのメトロポリタン美術館へ行きたい、と。

国立公園は一人旅にはしんどいので、現地募集ツアーに参加すると便利です。

現在まで調べた結果、デンバー発・ラスベガス着の2週間コースがあるのが分かりました。

でもまだ当分資金づくりに力を入れなければなりません。

長い間のご愛読大変ありがとうございました。

★★補足情報:『OECD・経済協力開発機構』の本部はパリにあります。それも『マルモッタン美術館』の1ブロック北に。『ブローニュの森』から帰りに、ふと見るとビルの表示に『OECD』とありました。なんとも面白いところにあるものだ、という感想を抱きました。

★★『ヴルタヴァ川』は、この下流で『エルベ川』に合流し、ドレスデンなどを経てハンブルグを河口としたバルト海へ流れ込みます。




2007.8.28ヴルタヴァ川2





今回の旅行で、目的とした訪問先がやはり一番印象に残ります。

今日はその思い出ショット6枚を掲載します。

 

 

①『ヴァーツラフ広場』 19681月、ドプチェクがチェコ共産党書記長に就任。以後言論の自由などを推進。これが東欧圏に波及するのを懸念したソ連は、8
2007.8.27 1バーツラフ
月戦車をプラハ市内の大通り『ヴァーツラフ広場』に進駐させ、ドプチェク政権をつぶした。これを『プラハの春』という。後年1989年の革命は、無血で行われ、『ビロード革命』と呼ばれる。市内随一の繁華街で、人波は左右の並木道にあふれている。往時を思うと、感慨がひとしおであった。

 




2007.8.27 2ブタ

②『ブタペスト市内の温泉』 ローマ帝国は北の防衛線をドナウ河沿いにおいた。ローマ人は入浴を好み、各地で浴場を建設している。ブタペスト・ペスト側の市立公園内にある温泉浴場は正面が『議会会場』のように立派でとても浴場とは思えない。ローマ人はまたロンドンの西160キロのBathに浴場を作った。英語の『Bathroom』の語源となっている。

 


2007.8.27 3ミツコ

③『クーデンホーフ光子の住んだ家』  クーデンホーフ光子は、東京に生まれ、明治二十年代の後半に当時オーストリア=ハンガリー帝国の駐日代理公使だったハインリッヒ・クーデンホーフ伯爵にその美貌を見初められて結婚し、二児の男児を儲け、夫の伯爵とボヘミアの城に住んだ。夫に先立たれたあとは、その領地を守って七人の子供を育てたが、やがてウィーンに移った。写真はウィーンの居所の現在で、私はシェーンブルン宮殿のすぐ北の住所を探し当てた。5キロくらい離れた墓地にも行って、墓を探したがこれは発見できなかった。

クーデンホーフ光子の二男のリヒァルト・クーデンホーフ・カレルギー伯というのが、現在のヨーロッパ共同体、つまりECの先駆的な提唱者であった。ECの前身がEEC(ヨーロッパ経済共同体)だが、彼の提案する『パン・ヨーロッパ』(欧州統一)運動が、第二次世界大戦後のEEC創設の出発点になっている。だからクーデンホーフ光子さんは『EECの母』と呼ばれている。


2007.8.27 4モネ

④モネ『睡蓮』 モネの晩期の作。モネは『睡蓮』を200作前後描いたらしい。最後オランジュリー美術館のために高さ3m、横7m17m位の大作を8枚描いた。『自然光のもとで観覧してほしい』というモネの遺言に従い6年かけて美術館を改装、昨年完成し、1階にあった『睡蓮』を2階に上げて、自然光のもとで鑑賞できることになった。知人の言では、「モネはマルモッタン美術館が最高」と。ここには大作40枚が展示してある。

 


2007.8.27 5ドーバー

⑤『ドーバーの白い絶壁海岸』 ドーバー海峡のイギリス側には、『白い絶壁海岸』が連なる。ロンドン~パリ間をGTVや航空機で移動した経験はあるが、船で渡りこの『ドーバー海岸』を見てみたい、という希望が今回の旅行の引き金の一つであった。天候もよく、ドーバーの美観を楽しませてくれた。渡航時間は1時間30分。広島~松山の半分の距離であり、想像以上に狭い海峡である。

 



2007.8.27 6レッドブル

⑥『Redbull Salzburg オーストリア・サッカーリーグの王者。今年宮本と三都主が加入して、親日的なチームになった。こスタジアムはレッドブルの所有である。大変すばらしいスタジアム、感嘆、感嘆

 

63日 29日目 ③ 64日 65

 

フランクフルト市内を少し散策し、空港へ後戻り。

フランクフルトは金融の中心地ではありますが、旅行者にとってそれほど魅力ある街ではありません。

 

空港でチェックインをすませ、搭乗口で待機。

 

その時間デジカメで遊びました。

日本でみられないエアラインを撮影して。

面白いです。


2007.8.26 1フランク空港


←CSA= Czech Airlines ナショナルフラッグキャリアーです。


それにしてもデジカメはすごいですね。

今回の旅行で3,000枚を越す画像を撮りましたが、フィルムに換算して80本以上になります。

フィルムだと、現像・焼き付け代などすごい費用になります。

旅行者にとってとても良い時代に入っています。

 



2007.8.26 2フランク空港

 

←NIKI=Niki is an airline based in Vienna , Austria . オーストリアの格安航空会社。ベルリン航空と提携。

 

月曜日にこれでパリまで飛ぶと、29ユーロ。ただし19:20発、21:20着、で時間帯は良くありません。

が、オーストリア航空では、税金等を合わせて20,000円かかりました。よくよく事前調査が必要ですね。



2007.8.26 3フランク空港
←よく分からないが、貨物専用エアラインのよう。

 

 

このブログも58回に渡り、つたない文章と画像でつづりました。





2007.8.26 4フランク空港
→LUXAIR=イタリアの格安航空会社

LuxAir is an Italian company, manufacturing high quality chimney hoods and islands with sleek stylish looks - at exceptionally affordable prices.

 

 

 

 

 

 

 


2007.8.26 5フランク空港

→air transat=カナダのチャーター専門キャリア

欧州へ貧乏旅行しようと計画されている方々に少しでも参考になれば、という気持がいっぱいです。

 

明日は『思い出写真』を、明後日は『思い出のベストワン』を掲載します。合計60回のブログとなります。

 






2007.8.26 6フランク空港

→AIR MALTA=マルタ島の正規キャリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2007.8.26 7フランク空港
←LAN=チリの正規キャリア。南米最大。最初の3ワードの頭を取ったものらしい。Latin America , North America

 flights to Latin America , North America , Mexico , the Caribbean , Oceania , and Europe .


 

 

 

 

 

 

2007.8.26 8フランク空港
←S7=ロシアのキャリア。格安か正規か不明。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2007.8.26 9フランク空港
←Hapag fly=ハノーバーに拠点を置く格安キャリア。

 

★★成田から福岡へのフライト待で、またもや大きな失敗をしたことに気づきます。それは、広島からも成田線があるということです。

先入観的に、成田へのフライトは福岡-成田、しかないと思いこんでおり、フライト費用は関係ありませんが、福岡への交通費、前泊ホテル代、の無駄な出費をしました。

小さな失敗はまだまだ多くありますが、それは旅の思い袋にしまい込み、次の旅行への糧とします。

 



2007.8.26 9.5フライト
→帰路は雲のじゅうたんの上。地上がみれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2007.8.26 10成田

→成田国際線ターミナル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2007.8.26 11成田
→成田国内線ターミナル





フライトは、フランクフルト発320:45、成田着414:50、成田発同18:00、福岡着同20:00、福岡発(バス)22:35、広島着56:06分。広島出発が5611:33。合計31日間の東欧・パリ・ロンドンの旅を無事に終えました。