こんばんは٩('ω')ﻭ
お久しぶりですね〜
最近では、ブログの更新も
イベントスケジュールだけになってましたし
(YouTubeの解説もしてるけど)
イベントができない今は
ブログさんは大人しくしておりました
日付変わってしまいましたが、
母の日 でしたね(*´ч ` *)💐
カーネーション送ったり、
普段できないことをしてあげたり、
何であれ、
「いつもありがとう」を
お母さんに伝える日。
そんな母の日。
私の中では、
幼少の頃で記憶が止まっています。
グラビア活動を始めるにあたって
このブログでも 母についての話は
少しだけしましたが、
もう随分 前のことなので
最近のファンの方は知りませんよね!
というわけで、
私が今歌っている意味にも関わってくるので
少し、語らせてください。
まず、お母さんと最後に言葉を交わしたのは
今から18年も前のこと。
父の転勤で、
引越しばかりしていた私たち家族は
私が小学校に入ってから少し経って
祖父母が住む父の実家 石川県に
みんなで暮らそう!ということになりました。
いつからか、喧嘩が増えた両親。
父の実家に住むということで
母の負担も減り、田舎だから心も安らいで
喧嘩も減るだろう、と
私はワクワクしていました。
友達と離れる寂しさよりも
その嬉しさがありましたから、ちっとも
辛くなんかありませんでした。
でも、石川県の実家に到着して数日
今日から新しい学校だ!という日の朝、
何故か母はよそ行きの服を着て
大きい荷物をまとめて、暗い顔をしていました。
「ママどこかに行くの?」
「ちょっとの間、遠いところに行かなくちゃいけないの、だから 待っててね。何かあったら電話してね。」
と、ケータイ番号の書いた紙を私にくれました。
こんな紙、どうせ戻ってくるなら必要ないじゃん!とか軽い気持ちだったんだろうな。
すぐに無くしてしまいました。
でも、その日から母とは一度も会っていません。
父からの説明も、一言もありません。
「察しろ」ということなんでしょうね。
母は韓国人です。
おそらく、故郷に帰ったんだとおもいます。
そんな簡単に会いに行けるはずもないまま
時間だけが、たくさん 経ってしまいました。
私が、歌手になりたい!と思ったのは
物心ついてすぐでした。
仕事の帰りがいつも遅く、
当時父とはほとんど ゆっくり会話をすることも
ありませんでした。
そんな中で、私が歌手になりたい!アイドルになりたい!とかいうのを
いつも笑って聞いてくれたのは母でした。
母は、二重人格でした。
優しい時と、怖い時と、2つ顔がありました。
優しい時は、本当に何でも話を聞いてくれて
一緒に手を繋いで買い物にでかけて
美味しいご飯を作ってくれました。
怖い時は、
外を歩いていて突然 私のおもちゃを奪い取り 知らない建物のフェンスの向こうに投げたり、
学校が終わって遊びに行こうとしたら 買い物に行ってこいと命令してきて 急いで帰ってきたら次はタバコを買ってこいと行って 結局遊びに行けなかったり、
内緒で学校帰りにそのまま公園に遊びに行って 帰ってきたら 怒って物を投げてきたり。
叩いてきたり。酷いことを言ってきたり。
怖い時の母の記憶ばかりが残っています。
でも、それでも、
私が歌っている時や夢を語る時に
見せてくれた優しい顔は 本物だったと、
私は思うんです。
母は、慣れない日本での生活で
きっと とても苦しかったんだと思う。だから
本当は優しいけど 優しくできない
そんな時もあったんだよね。
だからこそ、いつかちゃんと
もう一度母に会いたいんです。
あの時、正直 母のことは好きではありませんでした。
母だけでなく、父のことも
ずっとずっと嫌いでした。
家族との思い出も、すごく小さい頃
たしか 3歳ぐらいまでは
みんなで旅行行ったりしてた気がします。
ですが
幼稚園に入ってから行かなくなったし、
幼稚園の親が参加する行事に
父や母が来たことはありません。
きっと、その辺で
何かが壊れたんでしょうね。
でもそんなの関係ない。
私は無事に、こうして 大人になったのだから
それを母にも見てもらいたい。
あの時、ただ歌手になりたいって
言ってたんじゃなくて
ちゃんと叶えた姿も見て欲しい。
きっと、もっともっとレベルアップして
大きいところでライブもして
テレビにも出るような大物になれば
韓国にいる母にだって
この姿を見せられるんじゃないかって
思ったんです。
だからこそ、私は諦めない。
もちろん、それが叶ったからって
その上の目標も私にはある。
てか、歌うのが何よりも好きだし
私は死んでも歌うのはやめないんですよ。
っていうのが
母と 私が夢を追い続けることの関係性です!
私の家庭内問題は、
母のことだけではありません。
色々、ありますが
それでも私は今元気に生きています。
私が解決すべき家族問題は何点かあり、
それを一生かけて 解決していくつもりです。
だからこそ 大好きな歌を一生歌い続ける!
それに、こんな私にはきっと
誰にも書けない曲が書けると思ってるから!
というわけで、私の母にまつわるお話は
こんな感じ( ⸝⸝•ᴗ•⸝⸝ )
私は家族が常にそばにいる環境ではありませんでしたし、無償の愛とかいうものも知りません。
だからといって、常に家族に囲まれた生活を送ってきた全ての人が幸せかどうかは分かりません。
人それぞれだよね。
私はみんなを羨ましいと思うし、
逆に私を羨ましいと思う人もいるんじゃないかな。
だからこの『母の日』って
みんなにとって色んなことを考える日でもあると思う。
素敵な日だね!!!!!
何はともあれ、
明日もいい日になりますように♪
最後まで読んでくれてありがとう🍀