お知らせするのが遅くなってしまったのですけれど
夫が書きましたので、ご報告できます。

夫の母が11月13日に亡くなり
15日通夜
16日告別式でした。

3日から目を閉じたまま、何も食べず飲まず点滴をすることもなく、穏やかで優しいお顔のまま、くるしむこともなく安らかにお義父さんのもとへ旅立ちました。

わずか一年半で夫は両親を亡くしました。
かわいそうです。
55歳のおじさんですが、いくつになっても親が亡くなるということは悲しいし、辛くさびしい。

子供はみんなお母さんが大好きです。
無償の愛を注いでくれる存在がいなくなるって、こんな悲しいことはありません。

私も20年前に母を亡くしたときに、自分の立っている足元の地面が無くなってしまったような、自分がどこに立っているのかわからなくなったような、そんな感じになりました。

亡くなったばかりの頃は育児や仕事など忙しく追われていて、悲しさも紛れていたのですが、
時間が経てば経つほどどんどん悲しくなっていくのですよね。20年経った今でも悲しいです。
今でも毎日母を思わない日はないです。

だから、夫も今は気を張っているから元気にしているようですけれど、きっとこれから少しずつさびしさが溢れてくるんじゃないかなあと思うんです。

「片親なくして半人前、両親なくして一人前」
という言葉があるそうです。
いけばなのお弟子さんから教えてもらいました。
後ろ楯がなくなって、やっと自立したということになるのでしょうか。

昭和10年生まれの85歳。
お義父さんとともにテーラーを営み、3人の子供を育て、7人の孫、6人のひ孫に恵まれました。
海老名のおかみさんのオーダーのお洋服をかなり長い間作っていらっしゃり、よくおかみさんは「私のデザイナー」とお義母さんのことを紹介していたものです。
お義父様がテーラーを閉じたあとを、駄菓子屋さんにして、晩年15年は秩父の子供たちみんなの大好きなお母さんでした。

気さくで
明るくて
優しくて
愛情深い義母でした。

冬の寒い時期に、赤ちゃんを産んだばかりの冷えている私の足をあたたかくなるまでずっとさすってくれました。
「お姑さんに足をさすってもらったことなんてないわよ」とママ友たちはみんな言います。

夫抜きでも、3人の子供を連れてよく秩父に行かせていただきました。
イチゴ狩り、川遊び、マスの掴み取り、流しそうめん、バーベキュー、椎茸狩り、タケノコ掘り、動物とのふれあい、乗馬、そば打ち、八木農園、小松沢農園、鈴鹿園、SL、川下り、芝桜、三峯神社、etc.
旅行にもいきました。
思い出がありすぎます。

3人の子供の幼稚園の祖父母参観、入学式、卒業式にはお義父さんと一緒に秩父から来てくれました。
お祝い事がたくさんあって、たくさんたくさん乾杯しました。

私は末っ子の嫁で、気楽なポジションで楽しいことばかりでした。

「同じ田鹿家の嫁同士、いろんなことを我慢しながらがんばっていきましょう」
と、まだ認知症になる前のことですが、おっしゃったこの言葉が忘れられません。


お義母さん、24年間ありがとうございました。


神道ですので、「亡くなった人はその家の守り神になる」という考え方です。
お義父さんとともにこれからもどうか私たちを見守ってください。




たい平さんがブログに書きましたので、ご覧ください。