処罰欲求
他人を罰する行為を行うと脳の報酬系が刺激され、快感物質であるドーパミンが放出されるため、人は無意識にその充足感を求めてしまう。
仕組み
人を叱ったり罰したりするとき、脳内で快い感情が生まれる。
本来は個人のスッキリしたい欲求であるにもかかわらず、「相手のため」「社会のため」という大義名分にすり替わりやすくなる。
うちの毒親、これなんだよな…
わたしが結婚して家を出てもずーっと。無限に、永久に?
最近だとカードやらかし報告した時とか毒親内心すごい嬉しかっただろうなー、ゆする、たかる、叱れるでかいネタができて。
こんなのを生まれて30何年浴びてみなさいよ。
子育てしたいとか一切合切思わなくなるよ。
それどころか負のエネルギーで朽ちてゆくよ。
最終的にはわたしに朽ちて欲しいのかな?とすら思うよ。
じゃあなんで大病にかかったとき助けたんだ?見捨てればそのまま朽ちていただろうに…
独り身老人だし下僕が居なくなるのだけは困るんだろうね。
あの時のお金のやりとりで、お金は適度に持つものだなーって改めて胸に刻んだよ。
無さすぎてもだめだし、持ってても奪われる。
うちでは10ねんに1かいくらいそういう事件が起こる法則(笑)
だから、人を叱るというのが意味がわからないんだ…正しく叱られた経験が少ない。
職場でも、慣れるまでは叱られるもんだけど脳がトラウマなのか頭フリーズしちゃう。
ほんと生きづらいよね。
仕事はなんとか続けてるけどさ。
それでも生きる希望を見つけたくて、いまの旦那と出会った。
子どもがどうとか言われたりすることもあるけれど…
わたしも同じように叱り中毒になってしまうのかも?とか色々よぎってそこは中々ね。
難しい問題だよ💦
人それぞれだからさ!
自分にとっての生きる希望は、ずっと探し続けるようになるんだろうね。
あなたの身近にも、間違った処罰欲求のひとが存在するかもよ?