こころと体と意識から考える、疲れの取り方
日常に疲れている方、多いですよね。
疲れていると、ミスが増えたり、やる気がなくなったり、風邪をひいてしまったりと大変です。効率よく疲れを取る方法を考えましょう。
まず、「疲れている」とはどういうことか、「疲れているこころと体」と「疲れを認識している自分」に分けて考えてみます。
疲れているこころと体
疲れの原因物質
疲れの原因物質はなにか、という研究がなされています。その中で現在有力視されているのがトリプトファンという必須アミノ酸の一種と、FF(ファティーグファクター)という、細胞が酸化されるときに生まれる物質です。
トリプトファンは、代謝の一部でキノリン酸という、神経に対する毒素に変わるそうです。FFについては、ラットに注射したところ動きが鈍くなったという実験結果が報告されています。
疲れを感じるメカニズム
疲れは、外的要因、脳、神経で感じているといえると思います。
疲労物質やストレスなどの外的要因に対して脳が働き、神経との情報をやりとりすることで疲れを感じるという流れです。不安やイライラなど、考えることによってもストレスなどが生まれることから、内的要因としておきます。
疲れの種類
脳や神経の疲れ
目を酷使する生活によって、目の疲れから肩こりなどの症状につながります。
目の筋肉の疲労や、同じ姿勢を続けることによる肩や首などの筋肉の疲労も原因と考えられます。長時間パソコンや勉強をして、疲れたーと感じる疲れです。
こころの疲れ
「やる気がでない」など、こころの疲れには要注意です。
何日も続くようだと、うつ病などの可能性があります。カウンセリングや飲み薬などで治療を行っている病院がありますので、まずは相談しましょう。
「こころが弱いから」といった言葉ですませていると、大変なことになります。専門家の知恵を借りましょう。
体の疲れ
体の疲れは比較的わかりやすいと思います。筋肉痛や、使い過ぎによる関節の故障、飲み過ぎによる胃もたれなどです。しかし、同様の症状がこころや神経の疲れによっても感じられるようですので要注意です。
疲れを認識している自分
「自分」とは何なのか?
東洋哲学の一部に、「自分」とは体でもこころでもない、という考え方があります。
体やこころを使って物事を認識しているのが自分、と定義してしまってはそれは自分ではなくなる、と難しい考え方です。ここでは「認識しているのが自分」ということにしたいと思います。
「疲れている」とは?
「生まれたときから目が見えない人に空の青さを伝えるとき何て言えばいいんだ?」
と、有名な芸人の言葉があります。何事についても、体験したことがない人にその体験を伝えることは難しいと思います。もし、「疲れ」を認識できない人がいたとしたら、どのように「疲れ」を伝えますか?
どうやって「疲れ」を認識しているのか?
上であげたような疲労物質を脳が感知することで疲労として認識していると考えられます。体がだるい、痛い、集中できない、といった症状から、「自分は疲れているな」と認識することもあるでしょう。逆に、こころの疲れなど、無自覚のまま蓄積して体に不具合を起こす、ということもあるのが怖いところと思います。
疲れをとるには?
こころと体からのアプローチ
「疲れ」は、外的要因、脳、神経の働きで感じることから、外的要因を取り除く、脳や神経のバランスを整えるといった方法で疲れをとることができるといえます。
疲労物質の発生を抑える
一般的なことになりますが、食事、睡眠、運動をバランスよく行うことが大切です。細胞を修復する疲労回復物質が体内で生成されます。食事について、疲労物質の発生を抑制し、疲労回復物質を作るといわれているサプリがありました。試してみたいと思います。
認識している自分からのアプローチ
東洋哲学の考え方からすると、
「私は体やこころではないから、疲れていると体やこころが感じたとしても、私が疲れているわけではない」
といえます。
しかしこのブログを書いている私がそれを言ってもただのやせ我慢にすぎません。私は現世利益を大切にしたいです。疲れを認識しなければいいというわけにもいきません。知らず知らず疲れが溜まって体調を崩す、ということが考えられるからです。
「疲れ」とは体やこころを守るために私があえて感じるようにしているものともいえるでしょうか。まず、疲れているのかどうか、認識することからスタートするのが良いでしょう。厚生労働省からのチェックシートを使ってみても良いかと思います。
まとめ
・疲労物質を脳が感知することで疲れを感じる
・体やこころが疲れても私が疲れているわけではない、という考え方もある
・疲れを感じるのは体やこころを守るため
・無自覚の疲れがこわい
疲れをとるには、
・疲労物質の発生を抑える。食事・睡眠・運動が大切
・まず、疲れていることを認識すること
あとがき
疲れをとる方法を調べ、考えることに疲れました。生活においては、「疲れをとるために疲れる」ということがないように、注意したいと思います。