25日、午前3時起床。

 子供たちの朝食に「おむすび山」でおにぎりを作ってやり、

(折悪しく妻は北海道旅行。子供達はオニギリを食べたら勝手に学校へ行きなさい。

お湯を沸かしてポットへ入れ、水と氷をクールポットへ入れて3時40分出発。

 途中コンビニでおにぎり等購入し、5時湯津上に到着。

ちょっと時間があるので、水遊園大橋まで行って、上流の状況を見てみる。

車をとめて川を見ている人が2人ほどいたが、私が近づいたら行ってしまいました。

川の流れは、昨年と若干変わっているような。(あまり来ないのでよく分からない)

 戻る途中、公衆トイレへ立ち寄ると、知り合いの人に会いました。(アユ釣りの大先輩です)

 先週と水況が変わって釣り方がかわちゃった、とのこと。

 2週間前に上流域に入ったけど、全く釣れんかったし、周りでも釣れてなかったので参考にできず、

私は元々釣り方が分かっていないのです。

 5時30分ごろ会場へ。地元の人が車を誘導してくれました。ありがたいことです。

 会場はすでに多くの車と人でごった返していました。

 この感じが好きなんです。

 夏の日の早朝、これから競技会が始まるちょっとした緊張感と

同じ趣味を持つ者たちの集いである和やかな雰囲気が融合して

河原に異次元の世界を作り出していると言って良いかもしれません。

だって鮎釣りをしない人が見たら、

「この朝早くから、あの人たちは一体何をしているのだろう、

しかもいい歳のおっさん達も混じって、」 って思うに違いないのですから。

 抽選番号は上流の「112番」でした。今までで一番いい番号です。

イメージ 1

                        (受付、抽選風景です)


 勘違いをして下流域だと思っていたのですが、隣に止めた車の人と話している時に

上流域と判明しました。

 その隣の人は下流域だったそうで、上流域なら水門近くで昨日掛かっていたみたいだから、

入れればそこは狙い目ですよ、と教えてくれました。黒羽の人で、いろいろ話をしました。

 6時半、ステージ前に集合。恒例の記念撮影。今年は何故か前から三列目めで、

ばっちり顔が写っています。ダイワの横断幕向って右側あたりの3列目。

ちょっと見には、ネクタイを締めているように見えます。普段メガネをかけているのに、

偏光グラスを外して下さいとのことなので、眼鏡なしで、

しかも顔には日焼け止めを塗りたくっているので、遠目にはやや男前に写っています。

イメージ 2

                         (ダイワホームページより)

 
 午前6時20分、開会式。鹿子嶋委員長のあいさつがあり、A地区、B地区に分かれて囮配布。

囮をいただいて、すぐに川には入らず、いったん堤の上を上流へ。

体がまだ目覚めていなので、ゆっくり歩きたいところなのですが、

次々あとから来た人が追い抜いていきます。12番目だったのが、13番、14番・・・・・

あっという間に30番以下になってしまったので、

私も走りました。明らかに私より年上の人も走っています。

20mくらい走ったら息が上がって歩き始めました。

曳舟を持ちながらですから、歩くのも結構疲れます。

ここいらでいいか、という誰かの声で2,3人、堤を下りていきます。

私も昨年の入る場所がないという苦い経験から適当な場所で妥協することにしました。

トロ場です。3時間半もあるので、そのうち気温もあがってくれば、なんとかなるだろう、という

競技会には似つかわしくない発想。

 で、私の一つ上に入った瀬尻の人とその向かいの人がポツリ、ポツリと掛けています。

そのほかの人は音沙汰なし。

私の向かいの人が段々あがって行って、上の人のおこぼれにあづかっていました。しまいには

私の上の人が掛けた時にお祭りさせて、怒られていました。

 掛かり始めれば、10尾位あっと言う間だ、と思いながら

丁寧に囮を泳がせました。囮が底を泳がず、中層を泳いでいるのではと思って、

オモリを打ったり、背バリを打ったりと、3時間半結構集中して釣りましたが、

そこに釣れる鮎はいなかったのです。私には何も起こらず2尾、

知り合いの大先輩も撃沈、隣の車の人も撃沈でした。

 私はダイワのTシャツとピンオールを買って、

憂さ晴らしに抽選会に参加せずに別の場所で釣ることにしました。

(本来ならジックリ決勝戦を見て、この人たちと自分はどこが違うのか考えるべきなのでしょうが、

そんな謙虚な気持ちがあるなら、今頃もうちょっとは・・・)

隣の車の人は下流をお勧めします、といっていのですが、

帰りが遠くなるので、上流に戻りました。

 ここでも憂さを貯めただけなのでした。といっても、結構たのしい大会でした。

 今年の大会エントリーはこれだけなので、また来年ということで。

 最後に、関係者の皆様、大変お世話になりました。ありがとうございました。