第51話((感じる)) | **我が人生の旅路**

**我が人生の旅路**

                     英 満(はなぶさ みつる)

 字を読むってことは、自分には結構骨のおれることである。子供の頃から眼もあんまりよくなかったし、加えて近頃は老眼もあって、字を読むことが減ったような気がしている。
 一人暮らしをするようになった大学生から新聞というものを殆ど読んだことがない。それは今も続いている。
 京都から戻って来たとき、友人から「日経新聞を毎日きちんと読んで、ゆったりした時間に地方紙(西日本新聞)を読むようにしたらいい。」、と言われたことがあった。
 その友人は、私のことを理解してくれている数少ない友の一人なのだが、その助言には従うことはなかった。
 幼い頃から自分の感覚(直感)と、人の話を直接聞くことで生きてきた身としては、新聞はそぐわない、と判断したからだ。それにもう10年以上読んでいなかったし、今更新聞はないなぁ、と思った。
 育ててくれた祖父は物知りだった。その祖父がよく口にしていたことの一つに「自分の目で確かめるまで鵜呑みにするな。」、というのがあった。
 自分の目で確かめる、というのは、そうたやすいことではない。
 だからそれを補うために、ダイレクトにそのことについて聞けるチャンネル作りに努めてきた。そう、人とのネットワークである。
 それは、立派な文字になった情報よりもうんと役に立つし、何より、自分の側にたった話を聞けるのがよい。
 そして、それらを通して感覚(直感)を研ぎ澄まして「感じる」のである。今自身はどうあるべきなのか!?
 21世紀、前世紀では「感じる」ことのできなかったこれからの未来に繋がるものを感じていきたい。
<対応年代:幼少~50代>