寝るの楽しい。ちょー楽しい。(挨拶)

どうも、仮面です。



自分がはまっていたものを切り捨てると当然その分、時間が生まれます。そしてそれを今、全部睡眠に当ててる。ちょー楽しい。

いや、でも22時に寝て15時に起きるのはさすがの仮面さんもちょっと反省。深夜に起きて活動するつもりだったのに。

そのせいで日曜日とかやるべきことが終わってなくて徹夜かも。ちょー楽しい。



あといい感じに来る人減ってる。

いや、うん、俺も当然見てもらうために書いてるわけだから人に来てほしいとは思うけどさ、それは身内の数人と俺のことが好きな数人の話で300人とか超えるとむしろ怖い。

すごく怖い。




あとニコニコ関係の人はそろそろこのブログを切り捨ててもいいと思うんだ。

まだ九番さんのとかそこそこに見てるけど、観る専になってだいぶたつしもうそっち系で有意義なアウトプットとかしないと思うんだ、正直。

そっちの人たちとの関係もいい感じに切れまくってるしなー。


もちろんアップロードしたくなればするし、語りたくなれば語るんで決して「もうしません」とは言わないけど多分その可能性が高いでしょう、というお話。



ちなみにジャンル名をあえて出さないのは検索で最近一人来た人がいるから。名前を出すと検索で人来るかも!怖い!

無駄にサブタイトルとかつけてみました。飽きるまでつけます。ちなみに、明らかに自分で作れる英文でもエキサイト翻訳に頼って作った挙句翻訳ミスを見つけても直しません。そうやって言っておくことで自分の英語力のなさを隠蔽します。(挨拶)

どうも、仮面です。



前回言葉の外側で言った言葉を明文化すると柴崎は読者登録外すなよ?って意味です。外すなよ?



ブログの良さは基本的に何を言ってもほとんど返ってこないところだと思ってます。

いや、こういうこというと「そうやって言葉の外側で露骨にコメントを要求するー。ウザいから絶対コメントとかしねー」ってみんな思うかもだけどそういう話でなく、言葉通りの意味で。


まあ、この「ほとんど返ってこない」っていうのは誇張表現で実際コメントもそこそこに書かれていた時代があるんだけど要は反応が返ってきがたいという話ですね。

少なくてもほかのweb上で散見される、チャットとか掲示板とかtwitterなどのコミュニケーションサービスに比べて返答の閾値が高いとかそんなニュアンス。

実際この「コメント」ってすごくしづらいよね。せめてコメント送れる拍手機能でもついてれば反応しやすいんだろうけど。


そもそもここにきて文章を読むという行為自体が積極的な行動なのに、さらに高い閾値を超えないと返答が飛んでこない。

それはもう「何も返ってこない」と言っても過言じゃないと思うんですよ。


そういう認識でやってるからコメントされるってだけですごく愛おしいよね、という結論。

結局、反応欲しいじゃん(笑)






コメントは愛おしいけど、そのコメントに返信するという行為はさらに「そのコメントにわざわざ返信する価値を感じる」っていうフィルタを通らないと行われないからすごく希少価値があると思う。

一日一回更新といったのに……。過ぎたるは及ばざるが如しということわざを知らないのかな。(挨拶)

どうも、仮面です。


やっぱり、この更新すると同時に大量に人が来る怪現象の裏には「あーるえすえす」とかいう謎の何かがかかわっているという疑惑がある。

最近「とりあえずRSSを登録しました」とか言われたことがあってそれはまあ、正直嘘だと思ってるけど。しかし、この来訪者の増加を他に説明する説得力のある仮説は思い浮かばない。

とりあえず、登録されてると仮定するなら黙っていても解除はされない。一度、登録されてしまった以上は「登録されてる」が基準状態であって手を加えなければ等速直線運動を続けるものですからね。

解除させるには向こうに「解除させる」という手間をわざわざ踏ませなくてはいけない。

それにはやはり更新して「あ、もうこのブログいいや」って思わせないと。


とりあえずmontanと2+さんは遠慮なく読者登録を外すといいと思います。




あと、なんで今日2回目の更新かというと深夜独特の寂しさにふと襲われたから。

ついこの前「スカイプもtwitterもしばらく放置してブログ一本に絞るわ」とかいったのについ利用してしまうくらい。


深夜に寂しさが襲ってくるのは不規則な生活が脳内の化学物質のバランスに何かしらの悪影響を与えてるからだと信じてる。

そうでなきゃ仮面さんが寂しがる理由がない。寂しがる脈絡がない。伏線がない。道理がない。ルールがない。

そんな捻じれた世界はあってはいけないと思う。だから、これは絶対に脳内物質のせい。


後遺症のない睡眠薬が気軽にコンビニで手に入る世の中がくればきっと誰も寂しさなんて忘れてしまうと信じてる。




よし、唯物論信仰で寂しさをねじ伏せたぞ。 信仰は心の隙を埋めるというお話ですね。