前回は母親の誕生日であったが、今回は妻の誕生日があった。忘れないように、携帯電話にメモを貼って何とかおめでとうが言えた。忘れていたら、大ショックを与えていただろう。見捨てられることには過剰に反応する。だから結婚という形態には非常こだわっている。結婚している限りは見捨てられることはないと思い込んでいる。我が家では互いの関係はとっくに破綻しているのだが、余り気にならないようだ。離婚の話をしたこともあるが、断固として拒否していた。それならちゃんとしてくれたらいいのだが、それもしない。心の繋がりよりも、法律での繋がりを優先しているのだろう。子供は自分の姓を変えたくないので、籍を入れず事実婚の状態であるのが、モノすごく不満であった。もう今は忘れているのだろうが。兄からお菓子をことづかっていたので、翌日に持って行こうと言ったのだが、診察があるのでと断られた。診察は時間が不定なので、ずっと病棟で待っていないといけないようである。他の医師は、不在なら後で診てくれるが、妻の主治医はそれがないとのことである。どっちみち、定型的な質問をするだけで、ろくに話も聞いてくれないのだから、受けなくても良いように思うのだが、それでも受けないと気になるようである。秋は私も忙しいので大変だが、何とか行ける日を作らなくてはならない。お菓子なので賞味期限がある。もう10月で、このままゆくと外泊は正月になってしまうかも知れない。聞けばしたいとは言うが、自分からこの日はどうかなどとは言わない。実際のところどちらでも良いようである。環境の変化を嫌がるので、外泊もそういう捉え方をしているようである。帰ってきたら、家にある物を食べ続けるが、だから帰りたいというわけでもないようである。あるから食べるという感じである。自分から何かをしたい、欲しいということが余りない。お金が掛からないのは助かるのだが、私に対してもそれを求めてくるのが困る。当たり前のよう他人をコントロールしようとする。それなのに依存的なのである。他人をコントロールするのなら、リーダーシップを発揮すれば良いと思うのだが、自分からは何もせず、人にやらせようとする。こちらからすれば最悪の事態である。退院してきたらそうなるだろうと思うので、同居するのは難しいと思っている。私が自分のことをするのを嫌がるのである。だから外泊中はほとんど自分のことができなかった。やはり隊員は難しいか。
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