しかし、相撲がないっちゅうのはさびしいもんやな。元大関魁傑の放駒理事長が、「われわれの時代にはそういうのはなかった」と言い切ったのを見たが、あれはやっぱり言わんほうがよかったんちゃう。
かつて先先代横綱若乃花の二子山理事長が、「無気力相撲の横行」というのを指摘して、力士全員集めて指導していたのを見たことがある。元からそういう世界に身を置いて、自分らが、また自分らの仲間がやっていることを、それが八百長も含まれているということを、じっさいは言いにくいんだろうというのは何となくわかる。ガチで通してる力士も多数おるだろうし、さまざまな事情で、番付が落ちる辛さや幕下へ落ちる切実さというのは、たぶんその当事者の力士でないとわからんやろう。しかも、出稽古など、交流もそれぞれあるだろうし、お互いの事情はお互いがようわかっとるだろうし、ある種のもたれ合いがあっても全く不思議ではない。そこに、負けてやってもええかと、気合いが入らない取り組みも中にはあるだろうというのも、特にそういう狭い間柄だとあって当然だろうと思う。しかも、年齢が上の付き人で、付き人のほうが先輩の場合だとそらもう、当然フクザツでややこしい。付き人ちゅうのも相撲という勤務の中ではそういう役柄であっても、それがいざプライヴェートとなると、先輩後輩という間柄に逆転してしまうことはいくらだってある。そういう独特の世界において、あれは八百長だとか、無気力相撲だとか、こいつ星の貸し借りしとるなとか、いちいち論じてしまうこともナンセンスと思えて来る。「大相撲の八百長を告発する!」と、鬼の首をとったみたいに言う週刊誌ちゅうのも、ワシに言わすと「それも含めて大相撲とちゃうかったんけ」と言うことに結局なってしまうんやね。だいたいそういうことを言い出すと、これまでの名勝負、珍勝負、すべてひっくり返してしまわなあかんことになるやろ。そもそも大相撲を、スポーツと思って、すべてガチンコと思っているファンはワシに言わせると甘いと思いますね。
昔から国際プロレスに馴らされてきたワシに言わすと、プロレスラーは命がけで八百長やっとったな。血も出しながらな。
アルバート・ウォールのフライング・ヘッドバットとか見たことある人居る? それかビル・ロビンソンのダブルアーム・スープレックス(人間風車)とか、あるいはブレンバスターとかパイル・ドライバーとかああいうの、素人がくろたら硬膜下血腫か首の骨折れるか下手したら脳挫傷で即死やで。
興行として八百長と見せずに八百長するあるいは演じるというのも、ガチ以上にわしは高等な技術と思う。
だいたいガチの血みどろショーなんてのは、『空手バカ一代』にもあったけど、フランスかどっかのマフィア主催の地下プロレスで見せる残酷趣味でしかないとワシなんか思ってるぐらいやからね。だからワシ、K1も認めてないもんな。ワシが藤原紀香が嫌いなんもそこや(知らんがな…)。
で、相撲はそれに、年6場所やろ。場所中は何度か砂被りへ落っこちて行く力士のシーンとかいっぱい見るわな~。土俵と土俵の下までどう少なく見積もっても1メートルぐらいはあるわな。素人が落ちたら即救急車やで。10人おったら1人か2人は死ぬと思うよ。
だから、落ちてもケガせんところまで鍛え上げている人らの取り組みを見てるんやから、いちいちごちゃこちゃと、大相撲審議委員会にしても、文部省もしょーもないことやってんと、はよ場所を始めろと言いたいのう。ありがたく見とけっちゅうねん。
そんでそういう素人の偉いさん連中も、いっぺん回しつけて土俵の下に投げられてみるか、土俵上にたたきつけられてみたらええ。どんだけ厳しい世界か少しぐらい想像つくやろう。
相撲取りのケータイの内容なんぞアホらしいて追求する気はたぶんなくなるやろう。
そんなことよりも、場所を空けることで、魁皇がこのまま年だけ取っていくんが心配じゃ。
かつて先先代横綱若乃花の二子山理事長が、「無気力相撲の横行」というのを指摘して、力士全員集めて指導していたのを見たことがある。元からそういう世界に身を置いて、自分らが、また自分らの仲間がやっていることを、それが八百長も含まれているということを、じっさいは言いにくいんだろうというのは何となくわかる。ガチで通してる力士も多数おるだろうし、さまざまな事情で、番付が落ちる辛さや幕下へ落ちる切実さというのは、たぶんその当事者の力士でないとわからんやろう。しかも、出稽古など、交流もそれぞれあるだろうし、お互いの事情はお互いがようわかっとるだろうし、ある種のもたれ合いがあっても全く不思議ではない。そこに、負けてやってもええかと、気合いが入らない取り組みも中にはあるだろうというのも、特にそういう狭い間柄だとあって当然だろうと思う。しかも、年齢が上の付き人で、付き人のほうが先輩の場合だとそらもう、当然フクザツでややこしい。付き人ちゅうのも相撲という勤務の中ではそういう役柄であっても、それがいざプライヴェートとなると、先輩後輩という間柄に逆転してしまうことはいくらだってある。そういう独特の世界において、あれは八百長だとか、無気力相撲だとか、こいつ星の貸し借りしとるなとか、いちいち論じてしまうこともナンセンスと思えて来る。「大相撲の八百長を告発する!」と、鬼の首をとったみたいに言う週刊誌ちゅうのも、ワシに言わすと「それも含めて大相撲とちゃうかったんけ」と言うことに結局なってしまうんやね。だいたいそういうことを言い出すと、これまでの名勝負、珍勝負、すべてひっくり返してしまわなあかんことになるやろ。そもそも大相撲を、スポーツと思って、すべてガチンコと思っているファンはワシに言わせると甘いと思いますね。
昔から国際プロレスに馴らされてきたワシに言わすと、プロレスラーは命がけで八百長やっとったな。血も出しながらな。
アルバート・ウォールのフライング・ヘッドバットとか見たことある人居る? それかビル・ロビンソンのダブルアーム・スープレックス(人間風車)とか、あるいはブレンバスターとかパイル・ドライバーとかああいうの、素人がくろたら硬膜下血腫か首の骨折れるか下手したら脳挫傷で即死やで。
興行として八百長と見せずに八百長するあるいは演じるというのも、ガチ以上にわしは高等な技術と思う。
だいたいガチの血みどろショーなんてのは、『空手バカ一代』にもあったけど、フランスかどっかのマフィア主催の地下プロレスで見せる残酷趣味でしかないとワシなんか思ってるぐらいやからね。だからワシ、K1も認めてないもんな。ワシが藤原紀香が嫌いなんもそこや(知らんがな…)。
で、相撲はそれに、年6場所やろ。場所中は何度か砂被りへ落っこちて行く力士のシーンとかいっぱい見るわな~。土俵と土俵の下までどう少なく見積もっても1メートルぐらいはあるわな。素人が落ちたら即救急車やで。10人おったら1人か2人は死ぬと思うよ。
だから、落ちてもケガせんところまで鍛え上げている人らの取り組みを見てるんやから、いちいちごちゃこちゃと、大相撲審議委員会にしても、文部省もしょーもないことやってんと、はよ場所を始めろと言いたいのう。ありがたく見とけっちゅうねん。
そんでそういう素人の偉いさん連中も、いっぺん回しつけて土俵の下に投げられてみるか、土俵上にたたきつけられてみたらええ。どんだけ厳しい世界か少しぐらい想像つくやろう。
相撲取りのケータイの内容なんぞアホらしいて追求する気はたぶんなくなるやろう。
そんなことよりも、場所を空けることで、魁皇がこのまま年だけ取っていくんが心配じゃ。