※50年近く前の出来事です。
既に書きましたように、母はとにかく手が出る人でした。
『怒る』ではなく『叱る』とか、言葉で諭すようなそんな教育方針は全く無く
(有っても実行できなかったのかも知れないけど)、あっ!!って思ったらもうビンタ炸裂です。
もちろん私が悪さをして叩かれることもありますが、
年長さんになって補助輪外して自転車の練習をさせられ、よろけたりすると・・・
『ナンデ みんな乗れてるのに!!!デキナイナノ!?』と、バチーン![]()
とか、
トラウマでしか無いヤ○ハエレクトーン・・・。
気がつけば勝手に習わされていて、家で無理やり練習。
うんざりして、少しでも溜息つこうものならバチーン![]()
うぅむ、なかなか酷い💢
6歳の時に弟が産まれ、それまでは一人っ子でしたので、
全ての母の関心が私に注がれていたのです。
そんな中でも、流血に至る出来事がありました。
あれは確か5歳くらいの時。
これまたトラウマでしか無い、『く○ん』をやらされていました。
苦悶するほどひたすら同じような計算をやらされるじゃないですか。
家でそれをやっていた時、母が急に
『なんでそんなクソみたいなエンピツ使うだ💢』と、
ちびた鉛筆を使っていた私に言いました。
えーーー・・・(困惑)
と、思いながら他の鉛筆を目で追っていたその時。
バチコーーーーン!!!!![]()
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私の顔面に強烈ビンタがクリーンヒット。
全く意味がわかりません。
どうやら、母には私が無視して反抗してるように見えたそうなのです。
そして出てきたのは、鼻血。
その直後の事は覚えていないのですが、
ここまでの流れは未だに鮮明に覚えています。
その日の夜、普通な感じになった母と一緒にお風呂に入りました。
幼いながらにも、鼻血が出るほど娘を殴ってしまった罪悪感とか後悔で
母が気落ちしてるのを察したのか、平気なふりして
『さっき鼻血出ちゃったね(*ノω・*)テヘ』
こんな感じで、湯船で母に言いました。
その瞬間・・・
母は私を抱きしめて、謝りながら号泣していました。
正確には謝ってたかどうかは覚えていないのですが、
母がすごく泣いてたのを覚えています。
体罰はもちろん許されるものではありません。
50年近く経っても心に傷として残っています。
だけど、母が孤独の中、必死に私を育ててくれたのは
よくわかっているから憎めないし、感謝することのほうが多いです。
かなりのマザコンこじらせ系なんです。←マザコンな時点でこじれてる
今だったら児童虐待で逮捕でしょうか??
何回逮捕されるレベルだろう![]()
でも意外と昭和あるある?
友達にも母親のビンタで育ったって子、結構居ます。
学校の先生もビンタ炸裂の時代でした。
あさりちゃんのママもビンタ。
やっぱりそれが良くないから、今の時代はこうして体罰が問題になってるんですよね。
ちなみに弟が産まれた後は、弟の方がクソガキ度が高かったのと、私も小学生になり
上手くかわすようになったのでした
ソレデモトキドキビンタクラッタガナ!
おしまい![]()
私には意地悪なお姉ちゃんが居ないだけマシ!!と、心の拠り所にしていた昭和アニメ。
今の時代には通用しない問題作???![]()



