去年の5月から始まったこのブログの記事、題名も「ブログ」でHP:吉元総合研究所の研究成果の欄にアップします。200KBぐらいです。今から障害がなければ5分~30分以内に。僕の記事とか見ても、読者になっても、公安からは絶対にマークされへん―仮にされても被害は受けない―ので安心してね。そんなんやったらベンジャミンの講演会とかメルマガ取ってるやつの方が危ない位だろう。読者数は知りませんが、今年に告知してくれたのは3人、告知せず読者になってくれた人は沢山います。去年は、何人読者になっても0人と表示されてて心配をかけました。「障害」苦により2月か4月が寿命だろう、と言っていましたが、実際そうなる可能性が一番高く、長くて年内でしょうから、先にお礼とさようならを言っておきます。イザと言う時はさようならも言えないかもしれませんからね。皆さん、今まで濃いネタから柔らかいネタまで、よく付き合って下さってありがとうございました。ほんとにほんとに感謝の一言です。ちょっと見たい・見返したいDVD(主に地上波のドラマ)が7BOXほど残ってて、でもその中でも『MOTHER』一作だけ見返せればほんとに人生に一片の悔いもないです。ツタヤの予約リストには55作もCDが9割方で残ってますが、これはあの世の楽しみとしましょう。私はあの世からか、生まれ変わった来世で必ず正義と愛を実現します。俺ほどの人間は金にも健康にも地位にも愛にも全く不自由しない、それでいて最高に幸福を感じられる実質「世界大統領」クラスの人間に生まれ変わるとを信じています。
1流に格付けしてるとはいえ基本ファンタジー作家の日下公人氏やファンタジー系ではなく1流に格付け(記事「俺の情報源」参照)してる三橋貴明氏の、庶民の実感からかけ離れている日本経済楽観論(金持ち日本派保守の白昼夢。政治家・行政、属国、低成長・不況振りが余りに長く続いたので白昼夢でも見るしかなくなったのだろう。もちろん私は全世界平等的核武装化を提唱する日本派。)を見てると、「じゃあ、金も資源も技術も日本からとっちゃえばいいじゃん。」とソッコーというか素直に思ったね。アメリカを筆頭とする主に大国の考え方なんやけど、俺でも「戦争するぞ!」無理なら暗殺その他でやろうと思ったよ。だから骨を切らせて肉を断つ(逆か?)覚悟で、全国会議員とその家族に24時間自衛隊とSP付けて、俺の提唱を実現し、全世界が対等に付き合えて公平に国益を守れる本物の力を付けて、アメリカに「核戦争も上等だ。本土、ハワイ、アラスカ、グアム、世界中の基地など全てを廃土にする。」と通告できる日が来るまで、無理なんやて。安心はできません。特に長期的視野に立てば。日下氏はアメリカのひどさをいち早く叫ばれていた珍しい保守派だが、「左翼日本派」「愛国左翼―僕も本来の政治用語を正しく使えばこれに属する」と言うべき副島隆彦さんやベンジャミン・フルフォードさん(この方はリベラル的だが「9条派」というわけでもない。)の様に独自の素晴らしい諜報ネットワークを持ってないから、具体的にどこまで日本が特に1985年以降ひどいことをされ続けているか、それで不況にもなり今後も低成長・マイナス成長の傾向だという情報/インテリジェンスを持ってないから、お気楽なことを言ってられんのやろうな。ちなみに中国とは残念ながら利害対立することが隣接国だから当然多いのだが、仮に中国がこれ以上発展できなくとも充分世界平和・多極化に貢献するだろう。三橋氏は若いので違うと思うが、時代遅れの反中一本槍の知識人も多過ぎる。石原の様な2流(以下)なんか結構前やけど「共産主義が嫌いなんだ、中国は。」と完全に時代錯誤の発言するし、ホント恥ずかしい。ベンジャミンは現実的で、軍事同盟にしても同じ中国と隣接国で大国のロシアやインドと同盟を結ぶべきと昔から言っている。対中包囲網やな。ただ「エコノミスト―下ネタ走馬灯」でも書いた通り、エコノミスト的な予測はベンジャミンもやらん方がいいと思う。最近は中国に不都合な真実も紹介する公平なジャーナリストになったけど。ただ、政策全てがアメリカのいいなりの日本と違って、中国は問題を抱えながらもちょっと賢くなったりきっかけがあれば自国を良くする政策を実行できる。だから未来は日本よりは明るいと言って過言でない。今はエネルギー・資源、外交に力を入れてるけれども、内政に本格的にメスを入れれば外国の技術を買ってでも国内問題を解決できる可能性は十分にある。ただ、俺は人格的には日本人が好きやな。中国人は人口比率で言えば野蛮・非情な人が多いと思う。でも勇気はあるから去勢人種・日本人より良いところもある。世界平和・多極化には野蛮でも勇気のある中国人の方が貢献するだろう。
まあ最近書いたけど、俺は自分の最も得意とする討論やその司会なんかも二の次なんだよね。自分が受けている、どこまでも甘えようと思えば甘えられる様な母の「無償の愛」に包まれた様な状態を全ての人に与えたいと思って。人格が不完全な前なら「この人は言論を間違えた」とか転向したとか、そんなどうでもいいことで尊敬を辞めたりしてたけど、今はそんなの一応、筋を通して世の中を良くせなあかんから討論などがあったらハッキリ勝たせてもらいますけど、でも二の次なんだよね。母が死んでしまったらどうなるか分からない。でも今は、 愛と許しに満ち溢れた社会を創ることが第一目標ですから。それにはやはり「家庭」が一番のカギを握ってると思うなあ。