日本がアメリカの属国だとしたら、日本の大衆―恐ろしいことに何を自惚れているのか個性や能力も無視して一人一票を当然と思っとる―はTV局の属「国民」やな。うまくオダテラレテ、ノセラレテ、ダマサレトル。こんな奴らはまとめて5票でいいのに、これが選挙民の、総票数の99%を占めているのだから、二重の意味でこの国の命運は知れている。週刊誌、タブロイド紙、書籍、メルマガ等のミニ・コミを読める一部の読書エリート階層にしか選挙権は与えたらあかん。そこにしか本当の意味での意見の対立、多様性、知性、なにより真相は浮かび上がってこない。固定した階層でも金持ちでもない努力による新規参入が激しい流動的な階層だから、これで行くべきだ。国民の20%葉選挙民になれるかもしれない。ただ、一部の日本派(私も日本派だが)のように、この国は大衆が賢いという悲しい白昼夢は俺は経験上、信じない。お受験の偏差値で行けば、最低高校の代ゼミ模試で偏差値65以上のやつらで30%いればいい方だ。そして実際は、この日本派が言う「大衆」とは偏差値75位の一握りの人間のことでしかない。現実はそうだ。