19日、祖父が亡くなりました。78歳でした。
先週から肺炎で状態が良くないときいていました。
この連休には実家に帰ってお見舞いに行くつもりでしたが、
間に合いませんでした。
月曜の朝、母から連絡を受けた後、会社に向かいその日は通常勤務。
次の日から3日間お休みを頂き、今週一杯休ませてもらいました。

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自他ともに認めるおじいちゃん子だった私。
おじいちゃんは本当に優しくて、どんな時でも私の味方でした。
祖父と祖母はよく喧嘩をしていましたが、一緒に買い物にいけば
必ず荷物を持ってあげたりと、とても紳士的人でした。
長身で身内からみても恰好良く、若かったため
私の父親に間違われることもありました。
そんな祖父が大好きだった私は、小さい頃から
『おじいちゃんみたいな人と結婚する!』といい
結婚式のお色なおしの時は祖父と一緒に退場しました。
実際、夫と祖父は似ていると感じるところが多々あります。
結婚の挨拶に夫が実家にきた際、
『maco良かったね。macoをよろしくお願いします。』
と言って、夫に頭を下げてくれたこと、昨日のことのように覚えています。

3年ほど前にパーキンソン病と診断されてから、認知症に似た
症状も見られ、私がakiを出産する時は私のことも分かるのか判断できないほどに...
あんなにお世話になったのに、大学から実家を離れていたわたしは
祖父が大変な時に何もお手伝いをすることが出来ませんでした。
それでも、『macoの子供だよ』と言ってakiを祖父の膝に乗せると
涙を流して喜んでくれた姿をみて
少しは孝行が出来たのかな?と自分で自分を納得させています。

まだ、私が学生だった頃、一度祖父が心筋梗塞で倒れた事がありました。
知らせを聞いて私は『おじいちゃんにもしもの事があったら...』と号泣。
結局大事には至らず、お見舞いに行った時も『わざわざありがとうね』なんて言われるほど元気でした。
ただ、当時は彼だった夫は私のその姿をみて、
本当にそうなる日がきたら
macoはどうなるのかと心配したそうです。
そして、ついに来た知らせ。
私は冷静に受け止める事が出来ました。
余りにも予想外だったようで夫には『泣かないんだね』と言われました。
祖父は私が受け止められるまで待ってくれていたのかな?と思います。
ふと祖父の事を思い出し涙する事はありますが...
仕事的にも一段落ついたところだったので休みをもらえ
ゆっくり祖父の事を思いだす時間を作る事ができました。

私が祖父はだったらきっと人生に悔いはなかったと思います。
孫に囲まれ、ひ孫をだき、穏やかな余生でした。
優しかったおじいちゃん、本当にありがとう。
これからは空の上から私達を見守って下さいね。
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あまり、ブログに書くような事ではないのですが
私の気持ちの整理のために書かせてもらいました。

ちなみにakiは『ひぃじいじに、なむなむする!』と祖父の位牌の前で
『プリキュアになれますように』とお願いしていました(^_^;)
きっと、ひぃじいじも天国で笑っていると思います。


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