1月15日に宗方仁を偲び、翌週には五代様を失い、つい最近は新次郎様まで逝ってしまわれた。
まあ五代様はすぐに主任となって現れ、あっという間にCMが何社も決まって、バラエティでもお目にかかれるので、そんなにロスということはなかったですが

でも問題はここから。
2月8日には名ギタリスト松原正樹さんがお亡くなりになり、同日実家のねこが病死。
は~なんてこと。
松原さんの訃報を知った時は、病気を全く知らなかっただけにかなりショックを受けました。もう8年以上お会いしてなかったし、数回ご自宅のスタジオで歌わせて頂いただけでしたが、あの名ギタリストである松原さんがエンジニアをやってくださるという何とも贅沢なお仕事で、一度は歌っている最中に震度5の地震が来て、途中までは何とか続けたものの、あまりの揺れの大きさに「こわいー」と言って中断してしまった記憶がある。まだハスキーでやさしい声が聞こえてきます。
奥様で作曲家の南部昌江さん、大丈夫でしょうか? 早くいつものシャキッとした笑顔に戻られますように。
松原さん、享年61歳。あまりにも早すぎます。音楽界にとっても大きな痛手・損失。
ご冥福をお祈りします。
松原さん記事
実家のねこはもとは捨てねこで、かわいがるうちに居着いてしまった。
ブチャイクで大食いで、おデブ。すぐ外へ出て行ってしまい、人間様のご飯の時間になると帰ってきては脇の間から顔を出し、ニャーといってご飯をせびる。4年くらい居たけれど、ねことは思えないくらい本当に甘え上手なオスだった。
そばを通る時は必ずスリスリしていくし、いきなり「おんぶして~」と背中に乗ってきて降りないし、東京に戻る日は必ずベタベタにくっついてきて、そこら中を舐め回す。いなくなる事がわかるの?って聞いてみてもシラっとしてる。でもその甘え方は「ねーちゃんよ~、甘えるってのはこうやってやるんだぜ~」と教えられてる気がして、毎度苦笑いしていた。
どこから見ても健康だったけど、外で多分大げんかしたらしく、血だらけで帰ってきたことがあった。その時はもうダメかと思ったがなんとか持ち直してくれてホッとしていた。でもその2年後に免疫不全を起こし発病。半年ほどの闘病生活を送り松原さんと同じ日に天へ昇って行きました。最期を母が看取ってくれてちょっとだけホッとしました。誰もいないところで逝かすのはどうしてもいやだったから。
帰ってももうあの子いないんだなと思うと、無性に寂しくてあきまへんなあ。
ずっとくっついて寝てる子だった。
時間には限りがある。そう感じざるを得ない日々でした。
心機一転、またブログに戻ろうと思います。

)からでもなく。














