9-22-21
5. 神様の「日」を覚えて、聖なる日を守る。(毎日が神の日である)
いわゆるキリスト教の聖書の中では、この法律は「ある」日と解釈されていて、人間が選んだ日は日曜日と呼ばれる日で、「安息日」とも呼ばれています。この日は人間が、仕事をしてはいけない、教会に行って祈り、悔い改め、感謝しなければならない、と言っていました。 神の国と天地創造におけるすべての日は神の日ですから、これは正しくありません。あなたはすべての創造物の中に存在する神の神聖な1つの存在に敬意を表して、すべての日を神聖に保たなければなりません。 毎日、祈りの一環として、あなたの中の父があなたに与えてくれた豊かさ、知恵、生命のすべての祝福を認め、神と創造物に感謝と敬意を捧げなければなりません。 祈りと瞑想の真の目的と力について、このことを覚えておいてください。 祈りとは、父への奉仕(人生経験)を維持するためにあなたが知るべきことについて、内なる父からの導きを求めることです。 瞑想とは、御自身の奉仕(人生経験)を維持するために、内なる父からその情報を受け取ることです。 最終的には、あなた方全員が内なる神聖な父との交わり(相互参加、共有)の状態に常にあることになります。
さて、日曜日は神の休息日とも呼ばれています。 これは論理的ではありません。 動物を飼い、畑を耕している農夫はどうでしょうか。 休んではいけないということではありません。 しかし、あなたの休息は月曜日かもしれませんし、水曜日かもしれませんし、毎日1時間か2時間程度かもしれません。 それは、神への奉仕の条件によって、人間それぞれに異なるものとなります。 すべてが「創造の一」に戻される時のサイクルが来ると、「休息」と呼ばれる期間があります。 これは、あなたが知っているこの幻想の中での人生が存在しなくなることを意味します。 これは、すべての存在を司る唯一の神の源の干満を周期的に測定する大いなる神秘の一つです。 その「休息」の時まで、あなたの中の神が、あなたを導いてくれるでしょう。