場所は地元札幌
自分は当時「GANGSTERS(ギャングスターズ)」というパンクバンドで歌ってました。
既存のシーンは、怒髪天、ブッチャーズ、スキャナーズ(後のイースタンユース)、ゼラチン、スピットファイアー、メンス、ツッツドロドロどん、スラング.....あとなにいたっけ?
若干そのシーンにも混ざってLIVEした事もありましたが1989年は月3本ペースでLIVEしていたので殆ど違うシーン(ローデシアの企画過多)や学生時代からの友人達のメジャー志向な企画参加が多く30年後の今自分達のバンド名を覚えてくれている人は殆ど居なく限られた友人や見に来てくれていた現在の「壬生狼」のフロントの2人程度かな(笑)
正直言って過去は過去
どーでもよろしい話だし自分自身も忘れていました。
ですがここ2〜3年でリーダーであったギタリストと話す機会が増え作品を残さなかったのは残念だと
自分もその点は「確かに」と思ったのです。
そもそも流動的なメンバーでいつもドラム不足で苦しみそんな中クセの強いメンバーしかいなく自分が一番大嫌いな「時間にルーズ」「約束事を守れない」「その時にならないとわからない」等々まぁ固定した自分とGt.のリーダーそして最初のDr.以外は本当に行動、言動が酷く継続出来ず自然消滅するまでにそー時間は掛からなかった。
そして自分が二度とバンドをやらないという思いに辿り着いた次第です。
戻りますが音源を残すという事に対して自分が「腎不全」という病気を患った事から遺作的な生きてた証的な行動とは?と考え結論がコレでした。
またしても果てさてリーダーと自分以外のメンバーを探すってどーなん?みたいなところから始まった2017年頃
頭が痛い所からはじまりはじまり
続く