「本当の意味で困っている人は
この世界には一人も存在しない」
「全ての体験は本人が
したくてしているだけ」
・・・・・・
ワンネス、道(タオ)、宇宙一体感
万物斉同・・・
そこから世界を見る視点や
全ての事象は
エネルギー形態の変化に過ぎない
という世界の捉え方を
日常的にしている人からしたら
当たり前であることも
この世と呼ばれる
3次元の物質世界にズームインし続け
リアリティを持ったまま聞いていたら
「困っている人は一人もいない」
この言葉は非常に冷たくて
無機質に聞こえるだろう。
むしろ
「そんなはずはない。」
「確かに困っている人、手をさしのべるべき人はたくさんいる。」
「そもそも私自身が困っているのに」
そういう言葉が出てきた人もいるかもしれない。
第1話、第2話を読んで
僕と考えが合わないと感じて
去っていった人もいたかもしれないし
なんとなく読むだけ読んで
受け取らずスルーした人もいるかもしれない。
この世界、地球という場のこの時代
という制約の中で生を全うしようとすれば
人の助けがなければ生まれ出ることも
生き続けることもできないのは確か。
僕もずっと親を含めたくさんの人から
支えられ、助けられっぱなしの人生だ。
いくら感謝してもしきれない。
そういう意味では
全ての人が一人では生きていけない
困っている存在だ。
助け合わなければ誰一人として
この世界では生きていけない。
もともと一つの完璧な存在なのに
たくさんの経験をするためにわざわざ
分離して不完全な存在(一滴、ワンドロップ)
となったのだから
当たり前と言えば当たり前だ。
つまり
全ての人は互いに助け合わないと
この世界では生きていけないけど
その経験をするために
助けを必要とする状況を
生み出しているので
全て魂の計画通り。
本当は誰も困っていない。
そういうことになる。
ただその先に何が言いたくて
人が離れていくリスクも惜しんで
こんな理屈をこねるような
無情に聞こえるお話をし続けているかと言えば
このバーチャルの世界では
何をしてもよいし
何もしなくてもよい
なんでもOKだよ
ってことを
少なくとも僕と関わる人には
伝えておきたいから。
まずは自分の状態にフォーカスして
ほしい。
これまで長らく体の使い方を
人様にお伝えしてきて
力みや硬直がとれにくい人は
このバーチャルの世界に
過度にリアリティを持ちすぎている
傾向がある
と毎回感じている。
いわゆる
「マジメかっ!」ってツッコミを
入れられるタイプだ。
本来は幻想に過ぎない
「~ねばならない」という制限を
いっぱい抱えて生きていることが多い。
そういう方は往々にして
他者の反応に対して無意識レベルで
不安や恐怖を持っていて
自分の望みを優先できていない。
僕自身も、意識して世界を
俯瞰(ズームアウト)していない時は
そういう傾向が強い人間だからよくわかる。
じゃあどうすれば無駄な力みが
軽減するのか
俯瞰して世界をとらえること。
国などの空間と時代を変えても
その「ねばならない」ルールは同じように
適用されるのか考えてみること。
本当はただの自分の思い込みで
そんな縛りは最初からないと気付くこと。
自分の意識がこの今生きている
現実世界(=バーチャル、幻)を創っている
その事実を認めることだ。
その「ごっこ遊び」のルールや
ゲームの設定を変えたら
もっと楽しく、味わい深く
この人生を享受することもできるし
難易度をあげて苦痛を増やすこともできる。
こういったことを人に伝えようとすることも
本来してもしなくてもどちらでもよいこと。
つまり
「僕と関わる人の意識を自由で
軽やかなものにするごっこ」
にすぎないので
それに付き合う、付き合わないは
もちろんあなたの自由だ。
ただ一つ言えるのは
このお話を腑に落とさず
僕から体の使い方を学ぶことは
あまり意味がないと正直思う。
もちろん
自分という観察者(創造主)の意図次第で
いかようにも変化する、この僕らの生きている
バーチャル世界にリアリティを持つことは
人生を味わい、謳歌し、満喫し、享受するうえで
とても大事なことだ。
ただし
この世界にリアリティをもつこと(ズームイン)と
宇宙視点でこの世を俯瞰する
ズームアウトした視点、メタ認知の
バランスは大切だと個人的には感じている。
これは体について言えば
静と動のバランスに似ている
静功(瞑想など)、ズームアウトに偏り
真実の世界に長くいると
この世界の存在に対しての
リアリティが薄れ、
怖いものがなくなるかわりに
生きてるのか、よくわからない醒めた状態になる
動功、ズームインに偏ると
エネルギーはパワフルだが
気が浮わついて目の前の事象の
一つ一つに反応、動揺、一喜一憂
しやすくなる。
ある意味、エキサイティングで楽しいけど
ちょいとつかれる。
これは好みの問題だから
本来どちらでもよくて
何でもOKなのだが・・・
バランスはとっておいたほうが
この世界では生きやすい
というのが僕の個人的な見解だ。
ただ
バランスをとるよりさらに
理想だと感じるのは
ズームインとズームアウトを
同時にしたまま生きること。
人はその状態にある時
善悪の相対性を通り越して
あらゆる目の前の些細な出来事に
無償の愛を感じるし、感動の涙も溢れ出る。
陰と陽
正しいか正しくないか
どちらが上か下か
すべてが一体だからどうでもよくて
すべてが大調和の中にある。
そして同時にこの世界に
リアリティも感じていて
1つ1つの事象に対する感謝で
心が満たされる。
その状態にある時
美しい大自然の中であっても
さわがしい中華料理屋の中であっても
一人でお仕事中であっても
そこは生きながらにして
天国であり、浄土だ。
幸せは
環境が作り出すものではない。
意識がこの現実世界も生きる環境も
創造しているのだから。
そして
やむを得ないこと
しかたのないことは
この世界に1つもない
ということに気付く。
全て自分の選択の組み合わせ
の結果だから。
おっと。
テーマを広げすぎると
話が散っていきそうなので
今回はこのあたりで(^-^)ノ