【第4話】フォーカスを向けた瞬間 | この世は☯バーチャル

この世は☯バーチャル

すべての人が自分で自分の現実世界を創造している事実について好き勝手に語るブログ

すべてのものは
同じところからきて
同じものでできていて

その小さな何かがより集まって
この世界を形成していて

速く回転、振動するか
ゆっくり回転、振動するかで
性質、形態を変えているにすぎない

なんて話を
これまで動画でもしてきた。

僕たち人間も様々な経験をするために
独自の組み合わせで「何か」が寄り集まった
1個体にすぎず

肉体、エネルギー、意識、心、魂…
発しているものすべて(言葉、声、香り、表情、しぐさ)

すべて同じ「何か」でできている。

そして
それらはどこまでを自分と呼んでよいか
境目は非常にあやふやだ。

それを一言で示唆している

「万物斉同」

という荘子の表現は20代の頃から
よく好んで使ったものだ。

「電子は観察されるまでは波(波動)として
振る舞い

観察された途端に粒子(物質)となるという
両方の性質をもっており

それは観察者の意図を予測して振る舞う」

こんな結果の出た二重スリット実験は
量子力学の分野を超えてとても有名だが

それが意味しているのは

我々が生きているこの世界において
人が意識を注いでいない(=観察していない)
ところはすべて

ゲームの世界の遠くの背景や
画像に見えていない部分と同じように
省エネされていて、動いていない。

その時は
プラス極とマイナス極の回転方向や速度は
決まっておらず物質的変化は何も起こらず
現実は何も創造されていない。

つまり無限の可能性がある霧の状態。

ところが
フォーカス・意識を向けた(観察した)瞬間に
電子は粒子(物質)として振る舞って

まるで昔からそうであったかのように
今の現実として突如目の前に現れる。

これが日常で毎瞬起きている
混沌とした無極から陰陽という
相対性が生じる刹那のお話。

相対性を
あえてものすごく単純に言うと

その世界の観察者(=創造主)の意図に基づく
プラス・マイナスのジャッジみたいな感じ。

超テキトーな解釈・・・

そして
その刹那に生み出される現実(よいこと・わるいこと)は
自分(観察者)の発しているエネルギー・意識状態が
反映されたものだ。

それが
「あなた自身があなたの生きる
現実世界の創造主だ」
と言われる所以だ。

・・・・・・

「意識を向けていないところは
世界が何も動いていない?

いやいや、
フォーカスを向けなくても
台風は起きるし

見に行かなくても
オリンピックは開催されていますよ」

・・・という話ではない。

その事象(上の例なら台風やオリンピック)
に関して見聞きしたり、思い出すだけで

意識は向けていることになるので
エネルギーは動き出し現実に少なからず
影響を与えることになる。

そもそもその存在を知らない、など
脳内にそれが全く浮かんでいない時
あなたの世界にその事象は粒子としては
存在せずただ波として観察されるのを待っている。

だからその事象はあなたの現実に
何ら影響を与えない。

全く振動しない、音も伝わらない
光も漏れない箱が存在すると仮定して

その中で3日間一度も出ずに過ごしたとする。

その間に台風が来ていたとしても

その箱の中にいる限り
中の人が創造している世界に
外で台風が起きている可能性は
ずっと50%・50%のままだ。

外に出て倒れている木を見た瞬間に
外界の現実が創造される。

箱の蓋(日常ならドア)を開けるまで外の世界は
粒子(物質)として存在していないということだ。

だからどないやねん、て話。

・・・・・・

僕はここ7年ほど日常からノイズを減らすために
テレビもネットのニュースも見ていないので

時事ネタが入ってくる時といえば

実家に帰省した時か
テレビのついた定食屋に入った時か

人の世間話を聞いた時か
YouTubeサーフィンしていて
たまたま目にした時くらいだ。

台風がくることを
当日まで知らないことも多々あって

教室のみなさんに
ご迷惑をかけたこともあったので

最近ではイベント前に天気くらいは
チェックするようになったが・・・


ここで何が言いたいかというと

見聞きした瞬間、思い出した瞬間が
フォーカスした瞬間であり

その意識を向けたところにエネルギーが
流れて現実が動き出すということ。

そして
そのフォーカスの対象とは

物事そのものや出来事それ自体というより
その物事が意識上にのぼった時の心の状態だ。

それを感情と言ってもいいし
気持ち、気分、波動、振動数、周波数、、、
どう表現してもいい。

すべてエネルギーだから。
(僕の言葉の定義付けはその都度、かなりテキトーだ。)

フォーカスしてエネルギーの流れていく方向性を
大きくざっくり分けると

愛(愛情、安心感、ぬくもり、わくわく・・・)
恐怖(不安・焦り・・・など)

この2つしかない。

人の行動のよりどころは
すべて突き詰めるとこのどちらかに集約される。

相対性のないワンネスまでズームアウトしてみると
無償の愛(エネルギー、存在そのもの)だけしかないのだが

この地球での今生きている世界に
ズームインしたら愛と恐怖といった相対性が
トラップのように用意されている。

そして
僕たちはエゴをもってその2つを毎回選択し
そこで起こる感情を味わいながら

そこで発せられたエネルギーによって
また少し先の現実を創造していっている。

最近は地球全体で

エネルギーを発してから
(=ある感情をもってから)
それが増幅して返ってくる
(=その感情をより深く味わえる
出来事が現象化する)までのタイムラグが
昔より短くなっている

と言われている。

地球自体の波動が上がっているのね(・∀・)ノ❤

出たっ!!
スピリチュアルごっこ(笑)

・・・・・・

不安や恐怖を感じている=発している人には
それをより一層味わえる世界が創られるし

同じ状況もエキサイティングに楽しんでいる人は
そのわくわくした感じが増大した世界が待っている。

今、この瞬間に安心感に包まれている人は
この先に安心感をさらに味わう現実が訪れる。

たんとう功をする時に
「カタチが合っているかどうかに意識を向けないで~」
と僕が言う理由はここにある。

エネルギーを激しく流動させて現実創造を
加速させることをしている時に

「こんで合ってるかな~?」という
一種の不安にフォーカスし

その「どことない不安」というエネルギーを
宇宙全体に発信し、さらに「不安」という
感情を味わえる現実を創造することになる・・・

だから心地よさを味わうことのほうが

まずは胯の脱力よりも仙骨の操作よりも
中心軸の意識よりも何よりも大切だ

と伝えてきた。

そして

その心地よさに
「たんとう功や立禅をしている時」と
「日常生活を過ごしている時」との境目が
なくなってくると

常に安心感に包まれて生きることになる。

「恐怖」を避けるための行動より
「愛」による選択が増えていく。

それは周りから見てわかるもの
ばかりではない。

まあ、本来はすべて同じものなので
どっちでもいいんだけど。

でも生きている時は
こっちのほうが心地よいって
やっぱり人なら誰でもあるよね。

エゴがあるから。

この世界を味わい、大いに満喫するためには
エゴや感情は欠かせないものだ。

エゴがなければ何も選択基準がない。

大事なもの不要なものといった
こだわりがゼロだから
何が起きても感情も動かない。

つまり感動という経験もない。

「手についた鼻くそ」と「親の命」
どちらが大切かもわからないから

失うことの恐怖もなければ
あることのありがたみもなければ
存在に愛を感じることすらない

本来どちらも同じものなのだが
このバーチャル世界を享受するためには

真実(ズームアウトして見た世界)は一旦おいて

エゴでもって大切なものを選択し
それを大事にしようとすることによって
生まれる一喜一憂を味わうほうが味わい深い。

それがこの世に生を受けた醍醐味だ。

すでに失われたものに対して
失う不安や恐怖は湧かないし

大切なものでなければ
失うことに不安や恐怖を感じない。

失いたくないと思うことを
エゴや執着としてわるく言う人もいるけど

このバーチャルの世界で遊んで還るうえで
大事なものをとことん大事にするのはとっても大事だ。

なんじゃそら(笑)

そんでね。

ここまで長々と書いて
何を言いたいかというと

このバーチャルの世界は本当は
なんでもOKだから

「~~ねばならない」
「~~しないといけない」
をいったんはずして

大切なものに意識を注いでほしい。

そして
なによりもまず
自分を大事にしてね。

ってこと。

僕の動画を飽きずに見れる人は
すでに問題ないと思うけど。

もっと簡単にいうと

ゴキゲンさんでいる時間を
長くしようねってこと。

自分の心が、気持ちが、エネルギーが
整っていたら

安心して周囲の大切にしたい存在を
大切にできるから。

何か他のもの(自分の外側)を
変えようとするのではなく

まずは自分(内側)を整えてね。

それがあなたの望んだ未来を
あっさりと連れてくるから。

そいういうお話でした。

次回は
なぜ「何か他のもの(自分の外側)を
変えようとするのではなく」

と言ったのかについて触れる予定。
あくまで予定…^^

軽く予告しておくと

・「人を癒やしたい」という人は
→前提として癒やされていない人が周囲にたくさんいる自分の現実世界を創造する

・「弱者を救いたい」という人は
→社会的弱者を定義づけてその枠組にはまる救うべき人を世界にたくさん創り出す

・「世界を平和にしたい」という人は
→争いの絶えない世界にフォーカスし、前提として平和と対極にある現実を創造する。

・「環境破壊をとめたい」という人は
→地球環境が破壊され続けていることにフォーカスしエネルギー的にその現実を強化する。

・「みんなを教え諭したい」という人は
→周りの人を何もわかっていない愚者にしたてあげる。

つまり
自分の外の世界を変えたいと思った瞬間

自ずとそれが叶っていない世界にフォーカスし
その問題点が強化された現実世界を自分の目の前に創造することになる。

もっと言うと
その願望は自分の中にあるエネルギーの投影だ。

自分の中にないエネルギーは
目の前に現れない。

そのあなたが今助けたいと思った
目の前にいるその人はあなた自身そのものだ。

あなたはただ大事にしたいものを
大事にするだけでいい。

したいことをするだけでいい。

・人の体や心を癒やし合う遊び

・誰もが心地よく過ごせる社会システムを
構築する遊び

・各個人からコミュニティ、国家間に
心の平安を波及させていく遊び

・地球の美しさをより一層際立たせる遊び

・持っている情報をシェアし合う遊び

自分を整える一環で楽しければ
これらの遊びを自由にしたらいいけど

そういう活動をすべきだ

と思ってするくらいなら
温泉入って好きなもの食べて
のんびり過ごしているほうが

よっぽどこの世界全体、地球全体を
住みやすくすることに貢献していることになる。
エネルギー的にね。

なので
まずはとにかく自分のごきげんを
とってあげてね^^

ということで
今回はここまで。

さ、美味しいもの食べて
ゆっくりしよっと。