映画『シング・ストリート 未来へのうた』 | 普通人の映画体験―虚心な出会い

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2016年9月8日(木)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、14:40~鑑賞。

作品データ
原題 SING STREET
製作年 2016年
製作国 アイルランド イギリス アメリカ
配給 ギャガ
上映時間 106分


『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』のジョン・カーニー監督の半自伝的作品で、街で一番イカした彼女を振り向かせるためにバンドを組んだ少年の恋と友情を、1980年代ブリティッシュ・サウンドに乗せて描いた青春音楽映画。主人公にはオーディションで選ばれた新人、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ。共演にジャック・レイナー、ルーシー・ボーイントン。

80年代、ロンドンはロック好きの誰もが憧れる「聖地」だった。新しい音楽が次々に生まれ、様々な国から様々な才能が集まり、混じり合い、さらに新しい音楽が生まれる。「聖地」と言うより、音楽の「泉」と言うべきだろうか。そこに行けば何かができる、何かが変わる。若者の誰もにそう思わせてしまう力がイギリスから生まれる音楽にはあった。
本作は80年代半ばのダブリンが舞台となる。そこに生きる音楽好きの若者たちもまた、世界中の若者たちと同じような思いを抱いていた。海を渡ればすぐイギリス。その近さゆえに自分たちとロンドンとの違いもはっきりと実感して、その絶対的な遠さに希望と絶望のハーモニーを奏でていた。海を渡ることが彼らにとって、生を実感する最大の出来事だった。イギリスに憧れる彼女の心を奪おうと始めたバンドは、次第に主人公の人生の中心になり、いつの日か彼もまた、イギリスを目指すようになる。今この暮らしから抜け出したいのではなく、そこに行けば何かが変わるという、賭けにも似た小さな希望を、彼は育てようとするのだ―。


ストーリー
舞台は1985年の、アイルランドのダブリン南部にあるインナーシティ地区。この場所に住むロウラー家は、不況から建築家の父ロバート(エイダン・ギレン)が失業し、苦境に陥っていた。喧嘩が絶えないロバートと妻ペニー(マリア・ドイル・ケネディ)は別居も考えており、ロバートは酒浸りで喫煙量も増えている。ある日の家族会議で、ロバートは末の息子コナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)へ、学費を節約するため、私立学校から無料の公立高校へ転校するよう話す。ロバートは転校先のシング・ストリート高校(Synge Street CBS)について評判が良いと話すが、コナーの兄・ブレンダン(ジャック・レイナー)は、ばらばらになった家族の現状とコナーの転校を思い切りからかう。そんな現状から逃れるように、ブレンダンとコナーはロンドンのポップ音楽へのめり込む。
シング・ストリート高校へ向かうコナーだが、校則違反の茶色い靴を校長のバクスター修道士(ドン・ウィチャリー)に見咎められたほか、いじめっ子のバリー(イアン・ケニー)に目を付けられてしまう。散々なスタートを切ったコナーに、ただひとり自称「校内コンサルタント」のダーレン(ベン・キャロラン)が声を掛け、2人は友人になる。2人が下校しようとした時、コナーは高校の真向かいにあるフラットの入り口に立つ若い女性モデル・ラフィーナ(ルーシー・ボイントン)に気づき、その姿に一目惚れする。彼女の気を引くため、コナーは組んでもいないバンドのミュージック・ビデオ (MV)へ出演しないかと持ちかけ、ラフィーナの電話番号を手に入れる。ダーレンはマネジメント担当を引き受け、楽器に万能な友人・エイモン(マーク・マッケンナ)をコナーに引き合わせる。
その後、「街で唯一の黒人」として誘われたンギグ(パーシー・チャンブルカ)、メンバー募集の張り紙を見てやってきたギャリー(カール・ライス)とラリー(コナー・ハミルトン)を加え、バンドは5人体制になる。また、バンド名は高校名とかけて「シング・ストリート」(Sing Street)に決まる。彼らはエイモンの家で1980年代のバンドをコピーし始めるが、デュラン・デュランをコピーしたテープを聴いたブレンダンは、ロックの師匠として「他人の曲で女の子を口説くな、自分の曲を作れ」と弟を叱咤する。コナーはエイモンと作曲を始め、自作曲「モデルの謎」(“The Riddle of the Model”)を完成させる。メンバーはてんでんばらばらの衣装を着てミュージック・ビデオ撮影に臨み、ラフィーナは謎のあるモデル役とメイクアップを担当する。撮影後、コナーはラフィーナを家まで送り届け、キスをしようとする。ところが、そこにラフィーナの年上の彼氏・エヴァン(ピーター・カンピオン)がオープンカーを乗り付け、彼女を連れて走り去ってしまう。別れ際にラフィーナは、エヴァンとロンドンに出て、モデルとして成功したい夢を語る。2人が立ち去った後、コナーはラフィーナの住むフラットが、実は身寄りの無い子供たちのために作られた施設だと気づく。帰宅して落ち込むコナーを、ブレンダンは彼なりに勇気づけて、弟の恋を応援する。
数日後、コナーと再び会ったラフィーナは、自分の生い立ちをコナーに話し、新曲を書いて、自分がロンドンに発つ前にMVを撮影してほしいと頼む。海辺のダン・レアリーで2本目のMVを撮影している最中、ラフィーナは「何事も半端はだめ」と、泳げないにもかかわらず作品のため海へ飛び込む。コナーは海へ飛び込みラフィーナを助けてキスを交わし、2人の間に信頼感が生まれる。
ロバートとペニーの婚姻はいよいよ破綻を来たすが、一方でコナーとラフィーナは交際を進展させ、2人はコナーの祖父が所有していたモーターボートでダン・レアリーから程近いダルキー島へ向かう。島から、アイルランドを離れブリテン島へ向かうフェリーを見た2人は、ラフィーナの「アイルランドを離れロンドンに行く」夢について語り合う。
学校主催のプロムを初ライブに決めたメンバーは、新曲・MV作りに没頭する。コナーは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ばりのMVを撮ろうと妄想するが、ラフィーナは撮影現場に現われない。彼女のフラットに向かったコナーは、住人からラフィーナがエヴァンと共にロンドンへ旅立ったことを伝えられる。ところが、エヴァンには伝手(つて)など無くロンドンで雲隠れし、彼に騙されたラフィーナは程なくしてダブリンに戻ってくる。バンドはプロムに向けて準備を進め、家庭環境からぐれていたいじめっ子のバリーをローディーとして引き込む。プロムでのライブでは、バクスターを揶揄する歌まで歌って大成功する。
プロムの後、コナーとラフィーナは、モーターボートが停泊しているダン・レアリーまで送ってほしいとブレンダンに頼み込む。2人はモーターボートでウェールズのホリーヘッドへ向かう計画を明かす。コナーとラフィーナはブレンダンに見送られ、ロンドンでの新しい生活を求めて、ブリテン島へ向かうフェリーを追うように、モーターボートでアイリッシュ海を渡るのだった。

▼予告編



▼劇中での人気曲「Drive It Like You Stole It(ドライヴ・イット・ライク・ユー・ストール・イット)」のMV