2010年3月21日(日)13:00~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 La vita è bella (英題 Life Is Beautiful)
製作年 1997年
製作国 イタリア
配給 松竹富士=アスミック・エース
上映時間 117分
強制収容所に送られたユダヤ人の父親が幼い息子を生きながらえさせるためにとった意外な作戦をぺーソスあふれるタッチで描いた感動作。
監督・主演は『ボイス・オブ・ムーン』(主演)『ジョニーの事情』(主演・監督)のイタリアを代表する喜劇俳優ロベルト・ベニーニ。脚本はベニーニと『ジョニーの事情』『宣告』のヴィンチェンツォ・チェラーミ。製作はエルダ・フェッリ、ジャンルイジ・ブラスキ。撮影は『ボイス・オブ・ムーン』『死と処女』のトニーノ・デリ・コリ。音楽は『ボイス・オブ・ムーン』のニコラ・ピオヴァーニ。美術・衣裳は『インテルビスタ』のダニーロ・ドナーティ。共演はベニーニ夫人で彼の作品でコンビを組むニコレッタ・ブラスキ(『ミステリー・トレイン』)、新人のジョルジオ・カンタリーニ、『時の翼に乗って/ファラウェイ・ソー・クロース!』のホルスト・ブッフホルツほか。
カンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞、第71回米国アカデミー賞で主演男優賞・作曲賞・外国語映画賞を受賞。
ストーリー :
1937年、イタリアはトスカーナ地方の小さな町アレッツォ。本屋を開く志を抱いてやってきたユダヤ系イタリア人のグイド(ロベルト・ベニーニ)は、美しい小学校教師ドーラ(ニコレッタ・ブラスキ)と運命的な出会いをする。当座の生活のため叔父ジオ(ジュスティーノ・ドゥラーノ)の紹介でホテルのボーイになり、「なぞなぞ」に取り憑かれたドイツ人医師レッシング(ホルスト・ブッフホルツ)らと交流したりしながら、ドーラの前に常に何度も思いもかけないやり方で登場。ドーラは町の役人と婚約していたが、抜群の機転とおかしさ一杯のグイドにたちまち心を奪われてしまった。ホテルで行なわれた婚約パーティで、グイドはドーラを大胆にも連れ去り、二人は晴れて結ばれた。息子ジョズエ(ジョルジオ・カンタリーニ)にも恵まれ、幸せな日々だったが、時はムッソリーニによるファシズム政権下。ユダヤ人迫害の嵐は小さなこの町にも吹き荒れ、ある日、ドーラが自分の母親(マリザ・パレデス)を食事に呼ぶため外に出たすきに、グイドとジョズエは叔父ジオと共に強制収容所に連行された。ドーラも迷わず後を追い、自分から収容所行きの列車に乗り込んだ。
絶望と死の恐怖たちこめる収容所で、グイドは幼いジョズエをおびえさせまいと必死の嘘をつく。収容所生活はジョズエがお気に入りの戦車を得るためまでのゲームなのだと。とにかく生き抜いて“得点”を稼げば、戦車がもらえるのだとグイドは事あるごとに吹き込み続けた。強制労働の合間を縫って、女性の収容所に押し込められたドーラを励まそうと、放送室にしのびこんで妻に呼びかけたりと、グイドの涙ぐましい努力は続く。そんなある日、グイドは軍医として収容所にやってきたあの「なぞなぞ」好きの医師レッシングと偶然再会。レッシングから「重要な話がある」と耳打ちされたグイド。ドイツ軍の士官たちのパーティの給仕を命じられた彼は、監視の目を盗んでレッシングに話しかけるが、何とレッシングは新たな「なぞなぞ」の答えをグイドに聞いただけだった。戦況は進み、収容所は撤退準備をはじめる。この機を逃さじとグイドは、ジョズエをひそかに隠して、ドーラを捜すうちに兵士につかまった。グイドはジョズエの隠れ場所を通るとき、おどけて行進ポーズをとる。それが彼の最後の姿だった。ドイツ兵が去った後、外へ出たジョズエは進駐してきたアメリカ軍の戦車を見て歓声をあげる。戦車に乗せられたジョズエは生きていたドーラを見つけ、母子は抱き合った。―これが幼い息子を生きながらえさせようとした父親の命がけの嘘がもたらした奇跡の物語だ。
▼ Trailer
▼ Best scene
▼ Roberto Benigni(ロベルト・ベニーニ、1952~) Wins Best Actor(主演男優賞) : 1999 Oscars
2010年3月20日(土)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分) (本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、20:00~鑑賞。
作品データ :
原題 ZAMRI,UMRI,VOSKRESNI !
製作年 1989年
製作国 ソ連
配給 ユーロスペース
上映時間 105分
日本公開 1995年
第二次大戦直後の極東ロシアの貧しい炭鉱町を舞台に、無垢すぎるがゆえに傷つく少年と少女のほとばしる感情の行方を、鮮烈かつ抒情溢れる映像で綴った一編(白黒映画)。1990年度カンヌ国際映画祭でカメラ・ドール賞を受賞し、無名のロシア人監督ヴィターリー・カネフスキーの名が一躍世界に広まった記念碑的な作品。主演は町を徘徊するストリート・キッズの中から監督が抜擢した新人パーヴェル・ナザーロフと、同じくこれが映画デビューとなったディナーラ・ドルカーロワ。2人はカネフスキーの続く長編第2作『ひとりで生きる』(1992年)、第3作のドキュメンタリー『ぼくら、20世紀の子供たち』(1993年)にも出演している。
ストーリー :
第二次大戦直後のソビエト極東のスーチャン(現パルチザンスク)。収容所地帯と化したこの炭鉱町に生きる少年ワレルカ(パーヴェル・ナザーロフ)と少女ガリーヤ(ディナーラ・ドルカーロワ)は、共に12歳。スケートの盗難事件、学校のトイレにばら撒いたイースト菌事件、機関車の転覆など、ワレルカの引き起こす無垢な、しかしやってはならない悪戯は、母親への反発と相まって次第にエスカレートしていく。 そんな彼の前に、守護天使のように現われては危機を救ってくれるガリーヤ。二人に芽生えた淡い想いは次第に呼応していくが、やがて悲しい運命が二人を引き裂くのだった…。
ワレルカという、やんちゃな男の子は、学校の枠にはまらない。大きな悪戯をする一方、やはり子供、根は素直。母と二人暮らしだ。ガリーヤは同い年だが、女の子、ワレルカより大人びていて現実的。小さな青空市が開かれる日に、熱いお茶のポットを抱え、コップ一杯いくらで売って小銭を貯めている。この様子を見てワレルカも真似をし始める。ガリーヤはワレルカが好き。でもワレルカは、何とも恥ずかしくて避けている男の子。
ある日、ワレルカは町を離れる。鉄道線路のポイントを切りかえる悪戯で汽車を転覆させてしまったのだ。ガリーヤの機転で官憲を欺き、彼は貨物列車に飛び乗り一人、港街ウラジオストックに出た。
この街で大変な目にあったのち、窃盗の兄ちゃんたちに交じる。宝石店荒らしもした。しかし分かってきたことは、悪さの質が違った。ワレルカはこの一味から抜けたかった。折しもガリーヤが突然現われて、ワレルカを助け出す。再び貨物列車に乗って、二人してスーチャンに帰って来る。そして、村へ帰る道すがら、線路の上を歩く二人。と、突然銃声が響き渡る…。
▼「ヴィターリー・カネフスキー特集上映(伝説の三部作『動くな、死ね、甦れ!』『ひとりで生きる』『ぼくら、20世紀の子供たち』)」予告編
※私は『ひとりで生きる』『ぼくら、20世紀の子供たち』の2作については、残念ながら今日に至るもなお未見である。
■私感 :
衝撃的なラストシーンだった。
何とも甘酸っぱく匂うガリーヤの死!
そして、発狂して全裸で踊りまくる中年女性 !!
「悲しみのために気がふれたんだ」と村人の一人が言う。女性はどうやらガリーヤの母親らしい…。
小さな炭鉱町スーチャンにある強制収容所には、日本兵捕虜が収監されている。
この日本人が歌う哀愁を帯びた日本の歌が、しばしば画面に流れる。 曲目は「南国土佐を後にして」、「炭坑節」、それから「五木の子守唄」など。
これらの物悲しい響きの曲が、この映画の何とも侘しい雰囲気を倍加させるように、やるせなく胸にこたえる。
本作は監督のヴィターリー・カネフスキー(Vitali Kanevsky、1935~)の“自伝”~彼の少年時代を再現~的作品である。
私は本作の鑑賞中、数多くの日本人捕虜がその過酷な環境下における収容所生活で命を落としたと言われる、あの“シベリア抑留”の問題状況について、身につまされながら、思いを馳せるにいたった…。
作品データ :
原題 ZAMRI,UMRI,VOSKRESNI !
製作年 1989年
製作国 ソ連
配給 ユーロスペース
上映時間 105分
日本公開 1995年
第二次大戦直後の極東ロシアの貧しい炭鉱町を舞台に、無垢すぎるがゆえに傷つく少年と少女のほとばしる感情の行方を、鮮烈かつ抒情溢れる映像で綴った一編(白黒映画)。1990年度カンヌ国際映画祭でカメラ・ドール賞を受賞し、無名のロシア人監督ヴィターリー・カネフスキーの名が一躍世界に広まった記念碑的な作品。主演は町を徘徊するストリート・キッズの中から監督が抜擢した新人パーヴェル・ナザーロフと、同じくこれが映画デビューとなったディナーラ・ドルカーロワ。2人はカネフスキーの続く長編第2作『ひとりで生きる』(1992年)、第3作のドキュメンタリー『ぼくら、20世紀の子供たち』(1993年)にも出演している。
ストーリー :
第二次大戦直後のソビエト極東のスーチャン(現パルチザンスク)。収容所地帯と化したこの炭鉱町に生きる少年ワレルカ(パーヴェル・ナザーロフ)と少女ガリーヤ(ディナーラ・ドルカーロワ)は、共に12歳。スケートの盗難事件、学校のトイレにばら撒いたイースト菌事件、機関車の転覆など、ワレルカの引き起こす無垢な、しかしやってはならない悪戯は、母親への反発と相まって次第にエスカレートしていく。 そんな彼の前に、守護天使のように現われては危機を救ってくれるガリーヤ。二人に芽生えた淡い想いは次第に呼応していくが、やがて悲しい運命が二人を引き裂くのだった…。
ワレルカという、やんちゃな男の子は、学校の枠にはまらない。大きな悪戯をする一方、やはり子供、根は素直。母と二人暮らしだ。ガリーヤは同い年だが、女の子、ワレルカより大人びていて現実的。小さな青空市が開かれる日に、熱いお茶のポットを抱え、コップ一杯いくらで売って小銭を貯めている。この様子を見てワレルカも真似をし始める。ガリーヤはワレルカが好き。でもワレルカは、何とも恥ずかしくて避けている男の子。ある日、ワレルカは町を離れる。鉄道線路のポイントを切りかえる悪戯で汽車を転覆させてしまったのだ。ガリーヤの機転で官憲を欺き、彼は貨物列車に飛び乗り一人、港街ウラジオストックに出た。
この街で大変な目にあったのち、窃盗の兄ちゃんたちに交じる。宝石店荒らしもした。しかし分かってきたことは、悪さの質が違った。ワレルカはこの一味から抜けたかった。折しもガリーヤが突然現われて、ワレルカを助け出す。再び貨物列車に乗って、二人してスーチャンに帰って来る。そして、村へ帰る道すがら、線路の上を歩く二人。と、突然銃声が響き渡る…。
▼「ヴィターリー・カネフスキー特集上映(伝説の三部作『動くな、死ね、甦れ!』『ひとりで生きる』『ぼくら、20世紀の子供たち』)」予告編
※私は『ひとりで生きる』『ぼくら、20世紀の子供たち』の2作については、残念ながら今日に至るもなお未見である。
■私感 :
衝撃的なラストシーンだった。
何とも甘酸っぱく匂うガリーヤの死!
そして、発狂して全裸で踊りまくる中年女性 !!
「悲しみのために気がふれたんだ」と村人の一人が言う。女性はどうやらガリーヤの母親らしい…。
小さな炭鉱町スーチャンにある強制収容所には、日本兵捕虜が収監されている。
この日本人が歌う哀愁を帯びた日本の歌が、しばしば画面に流れる。 曲目は「南国土佐を後にして」、「炭坑節」、それから「五木の子守唄」など。
これらの物悲しい響きの曲が、この映画の何とも侘しい雰囲気を倍加させるように、やるせなく胸にこたえる。
本作は監督のヴィターリー・カネフスキー(Vitali Kanevsky、1935~)の“自伝”~彼の少年時代を再現~的作品である。
私は本作の鑑賞中、数多くの日本人捕虜がその過酷な環境下における収容所生活で命を落としたと言われる、あの“シベリア抑留”の問題状況について、身につまされながら、思いを馳せるにいたった…。
2010年3月20日(土)吉祥寺オデヲン座(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、16:55~鑑賞。
※東亜興行が1954(昭和29)年9月、東京都武蔵野市の吉祥寺地区に吉祥寺オデヲン座を新築・開館。78年10月に、同地を吉祥寺東亜会館に建替え、会館内に吉祥寺松竹オデヲン(地下1階)、吉祥寺スカラ座(3階)、吉祥寺セントラル(5階)、吉祥寺アカデミー(2階)の4館を開館、パチンコ店吉祥寺ゲームセンターを開業。1981年前後、吉祥寺松竹オデヲンを吉祥寺松竹、吉祥寺アカデミーを吉祥寺アカデミー東宝と改称。1990年前後、吉祥寺松竹を吉祥寺オデヲン座と改称。2012年1月21日、同会館内の全4つの映画館を吉祥寺オデヲンと統一・改称。同年8月31日、同会館内の地下の映画館を廃止、全3スクリーンとなる。
作品データ :
原題 The Hurt Locker
製作年 2008年
製作国 アメリカ
配給 ブロードメディア・スタジオ
上映時間 131分
イラク・バグダッドを舞台に、最前線に送り込まれた爆発物処理班の隊員たちの心境をリアルに描いた戦争ドラマ。緊張感あふれる戦場の描写が数々の映画祭で高い評価を得た。監督は『ハートブルー』『K-19』のキャスリン・ビグロー。第82回アカデミー賞では作品賞以下6部門を受賞、ビグローは女性で初めての監督賞受賞者となった。
タイトルはアメリカ軍のスラングで「苦痛の極限地帯」、「棺桶」を意味する。
ストーリー :
2004年夏、イラクのバグダッド郊外に駐留するアメリカ軍。そこに所属する爆発物処理班は、死と隣り合わせの前線の中でも、最も死を身近に感じながら爆弾処理を行なうスペシャリストたちだった。ある日も、ブラボー中隊はいつものように爆弾処理を行なっていたが、退避しようとしたその瞬間に爆弾が爆発、1人が殉職してしまう。その後、新しく中隊のリーダーに就任したのは、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)。だが、彼は基本的な安全対策も行なわず、まるで死を恐れないかのように振る舞い、周囲を驚かせる。一瞬の判断ミスが死に直結する爆発物処理班の任務の中、補佐するJ・T・サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とオーウェン・エルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラディ)は、徐々にジェームズへの不安を募らせていく。彼は虚勢を張るただの命知らずなのか、それとも勇敢なプロフェッショナルなのか。そんな男たちの思いとは関係なく、激しい戦闘が繰り返される日常は続き、爆弾処理の日々が過ぎていく。ブラボー中隊の任務明けまで、あと38日…。
▼予告編
※東亜興行が1954(昭和29)年9月、東京都武蔵野市の吉祥寺地区に吉祥寺オデヲン座を新築・開館。78年10月に、同地を吉祥寺東亜会館に建替え、会館内に吉祥寺松竹オデヲン(地下1階)、吉祥寺スカラ座(3階)、吉祥寺セントラル(5階)、吉祥寺アカデミー(2階)の4館を開館、パチンコ店吉祥寺ゲームセンターを開業。1981年前後、吉祥寺松竹オデヲンを吉祥寺松竹、吉祥寺アカデミーを吉祥寺アカデミー東宝と改称。1990年前後、吉祥寺松竹を吉祥寺オデヲン座と改称。2012年1月21日、同会館内の全4つの映画館を吉祥寺オデヲンと統一・改称。同年8月31日、同会館内の地下の映画館を廃止、全3スクリーンとなる。
作品データ :
原題 The Hurt Locker
製作年 2008年
製作国 アメリカ
配給 ブロードメディア・スタジオ
上映時間 131分
イラク・バグダッドを舞台に、最前線に送り込まれた爆発物処理班の隊員たちの心境をリアルに描いた戦争ドラマ。緊張感あふれる戦場の描写が数々の映画祭で高い評価を得た。監督は『ハートブルー』『K-19』のキャスリン・ビグロー。第82回アカデミー賞では作品賞以下6部門を受賞、ビグローは女性で初めての監督賞受賞者となった。
タイトルはアメリカ軍のスラングで「苦痛の極限地帯」、「棺桶」を意味する。
ストーリー :
2004年夏、イラクのバグダッド郊外に駐留するアメリカ軍。そこに所属する爆発物処理班は、死と隣り合わせの前線の中でも、最も死を身近に感じながら爆弾処理を行なうスペシャリストたちだった。ある日も、ブラボー中隊はいつものように爆弾処理を行なっていたが、退避しようとしたその瞬間に爆弾が爆発、1人が殉職してしまう。その後、新しく中隊のリーダーに就任したのは、ウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)。だが、彼は基本的な安全対策も行なわず、まるで死を恐れないかのように振る舞い、周囲を驚かせる。一瞬の判断ミスが死に直結する爆発物処理班の任務の中、補佐するJ・T・サンボーン軍曹(アンソニー・マッキー)とオーウェン・エルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラディ)は、徐々にジェームズへの不安を募らせていく。彼は虚勢を張るただの命知らずなのか、それとも勇敢なプロフェッショナルなのか。そんな男たちの思いとは関係なく、激しい戦闘が繰り返される日常は続き、爆弾処理の日々が過ぎていく。ブラボー中隊の任務明けまで、あと38日…。
▼予告編
2010年3月19日(金)21:20~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 Cocktail
製作年 1988年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 102分
野心を抱く青年が体験する喪失と再生、そして真実の愛に目覚めるまでを描く。製作はテッド・フィールドとロバート・W・コート、監督は『追いつめられて』(1987年)のロジャー・ドナルドソン、原作・脚本はヘイウッド・グールド、撮影はディーン・セムラー、音楽はピーター・ロビンソンが担当。出演は『ハスラー2』のトム・クルーズ、『普通の女』のブライアン・ブラウン、『ベスト・キッド』のエリザベス・シューほか。日本版字幕は戸田奈津子。
ストーリー :
野望を胸にニューヨークへやってきたブライアン・フラナガン(トム・クルーズ)は、学歴の低さが災いして、目指す大企業入社がままならず、すっかり落胆していた。そんな折、ブライアンはふとマンハッタンのカクテル・バーの求人広告を目にし、昼間は大学に通いながら、夜はオーナーのダグ(ブライアン・ブラウン)から踊るようなリズミカルなバーテンダー・テクニックを教わり働くようになると、たちまち界隈きっての人気バーテンダー2人組になる。しかし、ブライアンのガールフレンドにダグが手を出したことから2人は大喧嘩、コンビは解散を余儀なくされる。2年後ジャマイカの浜辺でシェイカーを振るブライアンは、そこで画家志望の娘ジョーダン(エリザベス・シュー)と出会い、やがて恋におちるが、そんな彼のもとに大富豪の娘と結婚し、悠々自適の生活を送るダグが現われ、ブライアンは彼への見栄からニューヨークの女実業家ボニー(リサ・ベインズ)と情事を持ってしまう。ところが、その現場をジョーダンに目撃され、彼女はブライアンの前から姿を消した。ニューヨークに戻ったブライアンは、ジョーダンの勤めるレストランを訪ねるが、彼女から冷たくあしらわれ、失った恋の重さを知るのだった。そして、ボニーとのニューヨークの生活に次第に焦燥を募らせるブライアンは、あるパーティの席でそれを爆発させてしまい、2人の関係は壊れた。ブライアンはジョーダンとの真実の愛に生きるため彼女の家を訪ねるが、実は彼女は資産家の娘で、ブライアンは門前払い同然追い返される。そんな彼に追い打ちをかけるかのようにダグが自殺する。愛のない金だけの空虚な生活に疲れたというのだ。ショックを受けるブライアン、しかし今、ジョーダンを手放せば自分が駄目になってしまうと悟った彼は、再びジョーダンの家に押しかけ、やがてブライアンの真実にほだされたジョーダンは、彼との愛に生きる決意をするのだった。
▼ Trailer
作品データ :
原題 Cocktail
製作年 1988年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 102分
野心を抱く青年が体験する喪失と再生、そして真実の愛に目覚めるまでを描く。製作はテッド・フィールドとロバート・W・コート、監督は『追いつめられて』(1987年)のロジャー・ドナルドソン、原作・脚本はヘイウッド・グールド、撮影はディーン・セムラー、音楽はピーター・ロビンソンが担当。出演は『ハスラー2』のトム・クルーズ、『普通の女』のブライアン・ブラウン、『ベスト・キッド』のエリザベス・シューほか。日本版字幕は戸田奈津子。
ストーリー :
野望を胸にニューヨークへやってきたブライアン・フラナガン(トム・クルーズ)は、学歴の低さが災いして、目指す大企業入社がままならず、すっかり落胆していた。そんな折、ブライアンはふとマンハッタンのカクテル・バーの求人広告を目にし、昼間は大学に通いながら、夜はオーナーのダグ(ブライアン・ブラウン)から踊るようなリズミカルなバーテンダー・テクニックを教わり働くようになると、たちまち界隈きっての人気バーテンダー2人組になる。しかし、ブライアンのガールフレンドにダグが手を出したことから2人は大喧嘩、コンビは解散を余儀なくされる。2年後ジャマイカの浜辺でシェイカーを振るブライアンは、そこで画家志望の娘ジョーダン(エリザベス・シュー)と出会い、やがて恋におちるが、そんな彼のもとに大富豪の娘と結婚し、悠々自適の生活を送るダグが現われ、ブライアンは彼への見栄からニューヨークの女実業家ボニー(リサ・ベインズ)と情事を持ってしまう。ところが、その現場をジョーダンに目撃され、彼女はブライアンの前から姿を消した。ニューヨークに戻ったブライアンは、ジョーダンの勤めるレストランを訪ねるが、彼女から冷たくあしらわれ、失った恋の重さを知るのだった。そして、ボニーとのニューヨークの生活に次第に焦燥を募らせるブライアンは、あるパーティの席でそれを爆発させてしまい、2人の関係は壊れた。ブライアンはジョーダンとの真実の愛に生きるため彼女の家を訪ねるが、実は彼女は資産家の娘で、ブライアンは門前払い同然追い返される。そんな彼に追い打ちをかけるかのようにダグが自殺する。愛のない金だけの空虚な生活に疲れたというのだ。ショックを受けるブライアン、しかし今、ジョーダンを手放せば自分が駄目になってしまうと悟った彼は、再びジョーダンの家に押しかけ、やがてブライアンの真実にほだされたジョーダンは、彼との愛に生きる決意をするのだった。
▼ Trailer
2010年3月18日(木)吉祥寺バウスシアター(東京都武蔵野市吉祥寺本町1-11-23、JR吉祥寺駅北口徒歩約5分)(本ブログ〈2016年05月03日〉記事)で、16:00~鑑賞。
作品データ :
原題 Sherlock Holmes
製作年 2009年
製作国 イギリス アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 128分
世界一有名な私立探偵シャーロック・ホームズの活躍を、天才的な観察眼と推理力はそのままに、ワイルドな武闘派として描いたミステリー・アドベンチャー。相棒のジョン・ワトソンと共に、殺人鬼の画策する巨大な陰謀の阻止へ挑むさまがアクション満載で繰り広げられる。出演はホームズ役に『アイアンマン』のロバート・ダウニー・Jr、ワトソン役に『コールド・マウンテン』のジュード・ロウ。監督は『スナッチ』のガイ・リッチー。
ストーリー :
1890年、ロンドンの探偵シャーロック・ホームズ(ロバート・ダウニー・Jr)と相棒で同居人のジョン・ワトソン博士(ジュード・ロウ)は、5人の女性を儀式で殺害したブラックウッド卿(マーク・ストロング)の新たな被害者を助けに向かう。2人はレストレード警部(エディ・マーサン)が到着する前に殺人を阻止し、ブラックウッドは警察に捕まる。
3か月後、いつもどおりホームズの奇妙な行動はワトソンを不快にする。ワトソンはメアリー・モースタン(ケリー・ライリー)との結婚が決まり、ベーカー街221Bでの共同生活を終えることになっていた。そのころ、ホームズは刑務所で死刑宣告されたブラックウッドと面会する。ブラックウッドはさらに3人の止められない死が起こり、世界が変化するだろうと言う。その後、彼は絞首刑になりワトソンが死亡を確認した。3日後、プロの泥棒でありかつての敵であるアイリーン・アドラー(レイチェル・マクアダムス)がホームズのもとを訪れる。彼女はルーク・リオドンという名の男の捜索を依頼した。アドラーが部屋を後にするとホームズは彼女を尾行し、顔の隠れた謎の雇い主に会うところを目撃する。行方不明のリオドンは、ブラックウッドの計画のカギだった。ホームズは謎の男が「教授」であり、アドラーを恐れさせる唯一の人物であると気づく。
ブラックウッドの墓は内部から壊され、棺からはリオドンの死体が現われる。そして、生きて歩いているブラックウッドを目撃した墓掘り人夫は、ショックで恐れおののいていた。死体から手掛かりを探しリオドンの家を発見したホームズとワトソンは、科学と魔術の融合を目的とした実験が行なわれた痕跡を発見する。ここでブラックウッドの部下と戦った後、ホームズは第4修道会の寺院に連れて行かれる。リーダーたち~首席判事サー・トマス・ロザラム(ジェームズ・フォックス)、合衆国大使スタンディッシュ(ウィリアム・ホープ)、内務大臣カワード卿(ハンス・マシソン)~ に会い、ブラックウッドを止めるよう依頼される。ホームズは物理的な証拠から推理してブラックウッドはトマスの息子であると言い当てる。トマスが妻以外の女と儀式で交わって生まれた子どもが、ブラックウッドだった。やがてトマスとスタンディッシュは、ブラックウッドの魔術によって殺され、彼が修道会を支配した。ブラックウッドの目的は、イギリス政府転覆とアメリカ→世界の征服だった。ブラックウッドはホームズへのおとりとしてアドラーを使う。彼女は倉庫で、鎖に吊るされさるぐつわを噛まされコンターマシン(帯鋸盤)に斬られそうになっていた。ホームズはぎりぎりのところで彼女を助けるが、ブラックウッドによってあたりに仕掛けられた大量の爆弾でワトソンが負傷する。ブラックウッドのためにひそかに働くカワード卿によりホームズの逮捕状が出される。
ホームズは潜伏しながらブラックウッドの儀式について考えを巡らせた。彼は次の標的は議会であると結論を下す。ホームズはカワードをそそのかして議会のメンバーを全員殺害する計画を聞き出す。彼とアドラー、ワトソンはウェストミンスター宮殿で、リオドンの実験に基づいて作られた、議会室にシアン化水素ガスを流す装置を発見する。議会室に現われたブラックウッドは、事前に支持者に解毒剤を飲ませており、「自分の味方にならない者は全員死ぬだろう」と宣言した。ホームズとワトソンは、ブラックウッドの部下と戦い、アドラーは装置からシアン化物用コンテナを盗み出して逃げる。そのころ、ブラックウッドとカワードは、計画が失敗したことに気づいた。ホームズは未完成のタワーブリッジまで逃げたアドラーを追うが、そこにブラックウッドも現われる。ホームズはロープを利用してブラックウッドをテムズ川の上にぶら下げ、その間に、彼の魔術に見せかけた演出を解明していく。ブラックウッドは落下していき、鎖に絡まって首から吊るされる。
アドラーは自分の雇い主が悪党「モリアーティ教授」であると説明する。モリアーティはホームズと同じく理性的であり、はるかに邪悪であるという。ワトソンが221Bを去る日、ホームズはブラックウッドの爆弾の罠の近くで巡査の死体が発見されたと知らされる。モリアーティはアドラーを利用して、ブラックウッドから、新たな技術・ラジオに転用できる電波装置を盗み出していた。ホームズは新たなる事件と敵に立ち向かう準備をする―。
▼予告編
作品データ :
原題 Sherlock Holmes
製作年 2009年
製作国 イギリス アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 128分
世界一有名な私立探偵シャーロック・ホームズの活躍を、天才的な観察眼と推理力はそのままに、ワイルドな武闘派として描いたミステリー・アドベンチャー。相棒のジョン・ワトソンと共に、殺人鬼の画策する巨大な陰謀の阻止へ挑むさまがアクション満載で繰り広げられる。出演はホームズ役に『アイアンマン』のロバート・ダウニー・Jr、ワトソン役に『コールド・マウンテン』のジュード・ロウ。監督は『スナッチ』のガイ・リッチー。
ストーリー :
1890年、ロンドンの探偵シャーロック・ホームズ(ロバート・ダウニー・Jr)と相棒で同居人のジョン・ワトソン博士(ジュード・ロウ)は、5人の女性を儀式で殺害したブラックウッド卿(マーク・ストロング)の新たな被害者を助けに向かう。2人はレストレード警部(エディ・マーサン)が到着する前に殺人を阻止し、ブラックウッドは警察に捕まる。
3か月後、いつもどおりホームズの奇妙な行動はワトソンを不快にする。ワトソンはメアリー・モースタン(ケリー・ライリー)との結婚が決まり、ベーカー街221Bでの共同生活を終えることになっていた。そのころ、ホームズは刑務所で死刑宣告されたブラックウッドと面会する。ブラックウッドはさらに3人の止められない死が起こり、世界が変化するだろうと言う。その後、彼は絞首刑になりワトソンが死亡を確認した。3日後、プロの泥棒でありかつての敵であるアイリーン・アドラー(レイチェル・マクアダムス)がホームズのもとを訪れる。彼女はルーク・リオドンという名の男の捜索を依頼した。アドラーが部屋を後にするとホームズは彼女を尾行し、顔の隠れた謎の雇い主に会うところを目撃する。行方不明のリオドンは、ブラックウッドの計画のカギだった。ホームズは謎の男が「教授」であり、アドラーを恐れさせる唯一の人物であると気づく。
ブラックウッドの墓は内部から壊され、棺からはリオドンの死体が現われる。そして、生きて歩いているブラックウッドを目撃した墓掘り人夫は、ショックで恐れおののいていた。死体から手掛かりを探しリオドンの家を発見したホームズとワトソンは、科学と魔術の融合を目的とした実験が行なわれた痕跡を発見する。ここでブラックウッドの部下と戦った後、ホームズは第4修道会の寺院に連れて行かれる。リーダーたち~首席判事サー・トマス・ロザラム(ジェームズ・フォックス)、合衆国大使スタンディッシュ(ウィリアム・ホープ)、内務大臣カワード卿(ハンス・マシソン)~ に会い、ブラックウッドを止めるよう依頼される。ホームズは物理的な証拠から推理してブラックウッドはトマスの息子であると言い当てる。トマスが妻以外の女と儀式で交わって生まれた子どもが、ブラックウッドだった。やがてトマスとスタンディッシュは、ブラックウッドの魔術によって殺され、彼が修道会を支配した。ブラックウッドの目的は、イギリス政府転覆とアメリカ→世界の征服だった。ブラックウッドはホームズへのおとりとしてアドラーを使う。彼女は倉庫で、鎖に吊るされさるぐつわを噛まされコンターマシン(帯鋸盤)に斬られそうになっていた。ホームズはぎりぎりのところで彼女を助けるが、ブラックウッドによってあたりに仕掛けられた大量の爆弾でワトソンが負傷する。ブラックウッドのためにひそかに働くカワード卿によりホームズの逮捕状が出される。
ホームズは潜伏しながらブラックウッドの儀式について考えを巡らせた。彼は次の標的は議会であると結論を下す。ホームズはカワードをそそのかして議会のメンバーを全員殺害する計画を聞き出す。彼とアドラー、ワトソンはウェストミンスター宮殿で、リオドンの実験に基づいて作られた、議会室にシアン化水素ガスを流す装置を発見する。議会室に現われたブラックウッドは、事前に支持者に解毒剤を飲ませており、「自分の味方にならない者は全員死ぬだろう」と宣言した。ホームズとワトソンは、ブラックウッドの部下と戦い、アドラーは装置からシアン化物用コンテナを盗み出して逃げる。そのころ、ブラックウッドとカワードは、計画が失敗したことに気づいた。ホームズは未完成のタワーブリッジまで逃げたアドラーを追うが、そこにブラックウッドも現われる。ホームズはロープを利用してブラックウッドをテムズ川の上にぶら下げ、その間に、彼の魔術に見せかけた演出を解明していく。ブラックウッドは落下していき、鎖に絡まって首から吊るされる。
アドラーは自分の雇い主が悪党「モリアーティ教授」であると説明する。モリアーティはホームズと同じく理性的であり、はるかに邪悪であるという。ワトソンが221Bを去る日、ホームズはブラックウッドの爆弾の罠の近くで巡査の死体が発見されたと知らされる。モリアーティはアドラーを利用して、ブラックウッドから、新たな技術・ラジオに転用できる電波装置を盗み出していた。ホームズは新たなる事件と敵に立ち向かう準備をする―。
▼予告編
2010年3月17日(月)15:40~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 The Color of Money
製作年 1986年
製作国 アメリカ
配給 東宝
上映時間 119分
ポール・ニューマン主演の1961年公開の名作『ハスラー』の、25年越しの続編。ハスラー稼業から足を洗った男と若いハスラーの戦いと友情を描く。監督は『タクシードライバー』『レイジング・ブル』のマーティン・スコセッシ。出演はポール・ニューマン、トム・クルーズなど。ニューマンは本作の演技で、アカデミー主演男優賞を受賞。
ストーリー :
かつてのハスラー、エディ(ポール・ニューマン)は50代になり、頭には白いものがまじっていた。あのミネソタ・ファッツと死闘を演じてから、25年が経っていた。今は酒のセールスで生計をたて、恋人のジャネル(ヘレン・シェイヴァー)との老後の生活のことなども考えていた。ある日、エディは若いハスラー、ヴィンセント(トム・クルーズ)と出会った。天性の閃きを感じさせる腕の冴えに、エディは若い頃の自分の姿を重ね合わせた。数か月後にアトランティックシティで、ナインボールの大会がある。エディとヴィンセントはチームを組んでその大会に参加することにした。ヴィンセントの恋人カルメン(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)も加わって、3人の旅が始まった。この旅で、エディはどうしてもヴィンセントを一流のハスラーに仕立てあげようと思った。ゲームの勝ち方、負け方、そして負けて金をかせぐ方法etc…。トラブルも起こった。カルメンとエディの仲を疑って、分かれ分かれになった時期もあった。アトランティックの大会に参加して勝ち上がっていった2人は、準決勝で顔を合わせた。凄まじい激戦ののち、エディはヴィンセントを破った。打ちひしがれて床に崩れ落ちるヴィンセント。翌日、エディはヴィンセントがわざと負けたのを知った。そして、それを見破れなかった自分の老いを知った。たしかにヴィンセントは、全盛期の自分を超えていた。ヴィンセントは次のヒューストン大会に向かって旅立って行った。巣を離れて飛立つ若鷲のように。
▼ Trailer
■私感 :
『ハスラー2』も、なかなか見せる映画ではある。
初老を迎えたポール・ニューマン(Paul Newman、1925~2008)が大人の男の“色気”を漂わしながら、いぶし銀の芸を見事に演じきっている!
しかし、『ハスラー』【原題:The Hustler/原作:ウォルター・テヴィスの同名小説/監督はアメリカ・ニューヨーク出身のロバート・ロッセン(Robert Rossen、1908~66)で、赤狩り〈マッカーシズム〉の時代に翻弄されつつも『オール・ザ・キングスメン』など硬派の作品を撮り続けた】こそは、『ハスラー2』より数等、映画としての格が上だ。
ニューマンの出演作で私が初めて出会ったのは、『熱いトタン屋根の猫』(原題:Cat on a Hot Tin Roof、原作:テネシー・ウィリアムズの同名の戯曲、監督:リチャード・ブルックス、1958年)。
アメリカ南部の大農園主の遺産相続をめぐって、もろもろの欲望のうずまく一家の人間像を描き出すドラマ。
この映画で、私はビッグ・ダディの次男ブリックを演じたニューマンもそっちのけで、ブリックの妻マギーを演じたエリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor、1932~2011)の美しさに圧倒されて、彼女の一挙一動に見とれるばかり!この時点で、私の目に映じたニューマンは、何か心もとない、影の薄い存在にすぎなかった…。
【ちなみに、同作でテイラーは(『愛情の花咲く樹』〈エドワード・ドミトリク監督、1957年〉に続いて)アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、またニューマンは初めてアカデミー賞主演男優賞にノミネートされる!】
『ハスラー』は私が2番目に観た、ニューマン出演映画だった。
私は1961年製作の同作を、翌年6月の日本公開直後に、東京~新宿か渋谷か有楽町か?記憶は定かでない~の映画館で観た。
ニューマン演じる若きハスラー(日本では「ビリヤードをする人」という意味が定着しているが、本来はギャンブルで相手を騙して金を巻き上げる勝負師の意)、エディ・フェルソンが、ジャッキー・グリーソン演じる名うての(15年間不敗の伝説を持つ)ハスラー、ミネソタ・ファッツとの宿命の対決に挑んでいく―。緊張感に溢れた迫力あるビリヤードシーンの連続!
そこに、孤独のヒーロー、エディとサラ・パッカード(パイパー・ローリー〈Piper Laurie、1932~〉演じる、小児麻痺の後遺症で足の不自由な女性)のヒューマン・ドラマが展開する。
映画『ハスラー』 Trailer :
まさしく私は、この「ビリヤード映画」~人生の挫折と悲哀をビリヤードを通じて描いた作品~の輝ける金字塔をきっかけにして、ポール・ニューマンという掛け替えのない存在に気づくとともに、彼ニューマンが私の大好きな男優の一人となった。
第2次大戦を経験し、沖縄戦にも参加したニューマンは、終戦後その男臭さのあるダンディズムで観るものを魅了した。
ex.『傷だらけの栄光』(原題:Somebody Up There Likes Me、ロバート・ワイズ監督、1956年)→『長く熱い夜』(原題:The Long, Hot Summer、マーティン・リット監督、1958年)→『左きゝの拳銃』(原題:The Left Handed Gun、アーサー・ペン監督、1958年)など。
そして、彼が役者としての名声を確立した映画が『ハスラー』 。
マーロン・ブランド(Marlon Brando、1924~2004)やジェームズ・ディーン(James Dean、1931~55)とNYのアクターズ・スタジオ(The Actors Studio)で同期でありながら、この二人に遅れを取っていた彼は、この作品での名演によって、二人に並び、トップスターの地位を手に入れた。
【ちなみに、ブランドとディーンはそれぞれ『波止場』〈エリア・カザン監督、1954年〉、『エデンの東』〈エリア・カザン監督、1955年〉で世界的トップスターへと上り詰める。】
私はその後、1960年代から2000年代にかけて、彼の出演作~主演作を中心に~を飽かず、精力的に鑑賞しつづげてきた。
その、私の鑑賞した分で、消えがたく記憶に残る作品のみを列挙すると、
・『渇いた太陽』(原題:Sweet Bird of Youth、リチャード・ブルックス監督、1962年)
・『ハッド』(原題:Hud、マーティン・リット監督、1963年)
・『暴行』(原題:The Outrage、マーティン・リット監督、1964年)
・『引き裂かれたカーテン』(原題:Torn Curtain、アルフレッド・ヒッチコック監督、1966年)
・『暴力脱獄』(原題:Cool Hand Luke、スチュアート・ローゼンバーグ監督、1967年)
・『明日に向って撃て!』 (原題:Butch Cassidy and the Sundance Kid、ジョージ・ロイ・ヒル監督、1969年)※
※同作はロバート・レッドフォードと共演したアメリカン・ニューシネマの西部劇で生涯最高のヒットを記録。ニューマンはマネー・メイキングスターの1位に選出され、世界的トップスターとしての地位を不動のものにした。
・『マッキントッシュの男』(原題:The Mackintosh Man、ジョン・ヒューストン監督、1973年)
・『スティング』(原題:The Sting、ジョージ・ロイ・ヒル監督、1973年)
・『タワーリング・インフェルノ』(原題:The Towering Inferno、ジョン・ギラーミン監督、1974年)
・『ビッグ・アメリカン』(原題:Buffalo Bill and the Indians, or Sitting Bull's History Lesson、ロバート・アルトマン監督、1976年)
・『アパッチ砦・ブロンクス』(Fort Apache, The Bronx、ダニエル・ペトリ監督、1981年)
・『評決』(原題:The Verdict、シドニー・ルメット監督、1982年)
・『ブレイズ』(原題:Blaze、ロン・シェルトン監督、1989年)
・『ノーバディーズ・フール』(原題:Nobody's Fool、ロバート・ベントン監督、1994年)
・『メッセージ・イン・ア・ボトル』(原題:Message in a Bottle、ルイス・マンドーキ監督、1999年)
・『ゲット・ア・チャンス!』(原題:Where the Money Is、マレク・カニエフスカ監督、2000年)
・『ロード・トゥ・パーディション』(原題:Road to Perdition、サム・メンデス監督、2002年)
その他、ニューマンの監督第一作である『レーチェル レーチェル』(原題:Rachel, Rachel、1968年)を鑑賞。
ニューマンはその存在感だけで観客をうならせるようなオーラを持った名優~正真正銘の“ハリウッド・スター”~だった。
cf. 「年代別にわかる!!ポール・ニューマン出演映画」(「NAVERまとめ」) :
私がニューマンの魅力につかまったのは、その映画作品に限られてのことではない。私は長期にわたり、彼の政治的・社会的な立場に格別の関心を持ちつづけてきた。
彼は1960年代から1970年代にかけて積極的なベトナム反戦運動ならびに公民権運動を展開。その活発な運動と過激な発言によって、時のホワイトハウス(ニクソン政権)からにらまれてブラックリストに載せられていた。2004年の米国大統領選挙ではジョン・ケリーを支持し、ブッシュ政権の富裕層減税に対して「私のような富豪から税金を取らないのは馬鹿げている」と批判する。
彼はまた、1982年に食品会社「ニューマンズ・オウン」を設立し、瞬く間に世界規模での事業拡大に成功。2006年には、その四半世紀に及ぶ純利益2億2千万ドルを全額、貧困に喘ぐ子供たちに寄付している。
その社会正義に貫かれた、けれんみのないリベラルな言動は、瞠目に値する!
Paul Newman
1925年1月26日、米国オハイオ州クリーブランドでスポーツ用品店の息子として生まれる。
2008年9月26日、米国コネチカット州ウェストポートの私邸で、妻のジョアン・ウッドワード※と5人の娘、2人の孫らに看取られ永眠。
享年83歳。合掌!
※ジョアン・ウッドワード(Joanne Woodward、1930~)は1960年2月9日に、女優としての功績が称えられ、名前入りの星(☆)を歩道に刻むハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム(Hollywood Walk of Fame)に最初に認定された。
作品データ :
原題 The Color of Money
製作年 1986年
製作国 アメリカ
配給 東宝
上映時間 119分
ポール・ニューマン主演の1961年公開の名作『ハスラー』の、25年越しの続編。ハスラー稼業から足を洗った男と若いハスラーの戦いと友情を描く。監督は『タクシードライバー』『レイジング・ブル』のマーティン・スコセッシ。出演はポール・ニューマン、トム・クルーズなど。ニューマンは本作の演技で、アカデミー主演男優賞を受賞。
ストーリー :
かつてのハスラー、エディ(ポール・ニューマン)は50代になり、頭には白いものがまじっていた。あのミネソタ・ファッツと死闘を演じてから、25年が経っていた。今は酒のセールスで生計をたて、恋人のジャネル(ヘレン・シェイヴァー)との老後の生活のことなども考えていた。ある日、エディは若いハスラー、ヴィンセント(トム・クルーズ)と出会った。天性の閃きを感じさせる腕の冴えに、エディは若い頃の自分の姿を重ね合わせた。数か月後にアトランティックシティで、ナインボールの大会がある。エディとヴィンセントはチームを組んでその大会に参加することにした。ヴィンセントの恋人カルメン(メアリー・エリザベス・マストラントニオ)も加わって、3人の旅が始まった。この旅で、エディはどうしてもヴィンセントを一流のハスラーに仕立てあげようと思った。ゲームの勝ち方、負け方、そして負けて金をかせぐ方法etc…。トラブルも起こった。カルメンとエディの仲を疑って、分かれ分かれになった時期もあった。アトランティックの大会に参加して勝ち上がっていった2人は、準決勝で顔を合わせた。凄まじい激戦ののち、エディはヴィンセントを破った。打ちひしがれて床に崩れ落ちるヴィンセント。翌日、エディはヴィンセントがわざと負けたのを知った。そして、それを見破れなかった自分の老いを知った。たしかにヴィンセントは、全盛期の自分を超えていた。ヴィンセントは次のヒューストン大会に向かって旅立って行った。巣を離れて飛立つ若鷲のように。
▼ Trailer
■私感 :
『ハスラー2』も、なかなか見せる映画ではある。
初老を迎えたポール・ニューマン(Paul Newman、1925~2008)が大人の男の“色気”を漂わしながら、いぶし銀の芸を見事に演じきっている!
しかし、『ハスラー』【原題:The Hustler/原作:ウォルター・テヴィスの同名小説/監督はアメリカ・ニューヨーク出身のロバート・ロッセン(Robert Rossen、1908~66)で、赤狩り〈マッカーシズム〉の時代に翻弄されつつも『オール・ザ・キングスメン』など硬派の作品を撮り続けた】こそは、『ハスラー2』より数等、映画としての格が上だ。
ニューマンの出演作で私が初めて出会ったのは、『熱いトタン屋根の猫』(原題:Cat on a Hot Tin Roof、原作:テネシー・ウィリアムズの同名の戯曲、監督:リチャード・ブルックス、1958年)。
アメリカ南部の大農園主の遺産相続をめぐって、もろもろの欲望のうずまく一家の人間像を描き出すドラマ。
この映画で、私はビッグ・ダディの次男ブリックを演じたニューマンもそっちのけで、ブリックの妻マギーを演じたエリザベス・テイラー(Elizabeth Taylor、1932~2011)の美しさに圧倒されて、彼女の一挙一動に見とれるばかり!この時点で、私の目に映じたニューマンは、何か心もとない、影の薄い存在にすぎなかった…。
【ちなみに、同作でテイラーは(『愛情の花咲く樹』〈エドワード・ドミトリク監督、1957年〉に続いて)アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、またニューマンは初めてアカデミー賞主演男優賞にノミネートされる!】
『ハスラー』は私が2番目に観た、ニューマン出演映画だった。
私は1961年製作の同作を、翌年6月の日本公開直後に、東京~新宿か渋谷か有楽町か?記憶は定かでない~の映画館で観た。
ニューマン演じる若きハスラー(日本では「ビリヤードをする人」という意味が定着しているが、本来はギャンブルで相手を騙して金を巻き上げる勝負師の意)、エディ・フェルソンが、ジャッキー・グリーソン演じる名うての(15年間不敗の伝説を持つ)ハスラー、ミネソタ・ファッツとの宿命の対決に挑んでいく―。緊張感に溢れた迫力あるビリヤードシーンの連続!
そこに、孤独のヒーロー、エディとサラ・パッカード(パイパー・ローリー〈Piper Laurie、1932~〉演じる、小児麻痺の後遺症で足の不自由な女性)のヒューマン・ドラマが展開する。
映画『ハスラー』 Trailer :まさしく私は、この「ビリヤード映画」~人生の挫折と悲哀をビリヤードを通じて描いた作品~の輝ける金字塔をきっかけにして、ポール・ニューマンという掛け替えのない存在に気づくとともに、彼ニューマンが私の大好きな男優の一人となった。
第2次大戦を経験し、沖縄戦にも参加したニューマンは、終戦後その男臭さのあるダンディズムで観るものを魅了した。
ex.『傷だらけの栄光』(原題:Somebody Up There Likes Me、ロバート・ワイズ監督、1956年)→『長く熱い夜』(原題:The Long, Hot Summer、マーティン・リット監督、1958年)→『左きゝの拳銃』(原題:The Left Handed Gun、アーサー・ペン監督、1958年)など。
そして、彼が役者としての名声を確立した映画が『ハスラー』 。
マーロン・ブランド(Marlon Brando、1924~2004)やジェームズ・ディーン(James Dean、1931~55)とNYのアクターズ・スタジオ(The Actors Studio)で同期でありながら、この二人に遅れを取っていた彼は、この作品での名演によって、二人に並び、トップスターの地位を手に入れた。
【ちなみに、ブランドとディーンはそれぞれ『波止場』〈エリア・カザン監督、1954年〉、『エデンの東』〈エリア・カザン監督、1955年〉で世界的トップスターへと上り詰める。】
私はその後、1960年代から2000年代にかけて、彼の出演作~主演作を中心に~を飽かず、精力的に鑑賞しつづげてきた。
その、私の鑑賞した分で、消えがたく記憶に残る作品のみを列挙すると、
・『渇いた太陽』(原題:Sweet Bird of Youth、リチャード・ブルックス監督、1962年)
・『ハッド』(原題:Hud、マーティン・リット監督、1963年)
・『暴行』(原題:The Outrage、マーティン・リット監督、1964年)
・『引き裂かれたカーテン』(原題:Torn Curtain、アルフレッド・ヒッチコック監督、1966年)
・『暴力脱獄』(原題:Cool Hand Luke、スチュアート・ローゼンバーグ監督、1967年)
・『明日に向って撃て!』 (原題:Butch Cassidy and the Sundance Kid、ジョージ・ロイ・ヒル監督、1969年)※
※同作はロバート・レッドフォードと共演したアメリカン・ニューシネマの西部劇で生涯最高のヒットを記録。ニューマンはマネー・メイキングスターの1位に選出され、世界的トップスターとしての地位を不動のものにした。
・『マッキントッシュの男』(原題:The Mackintosh Man、ジョン・ヒューストン監督、1973年)
・『スティング』(原題:The Sting、ジョージ・ロイ・ヒル監督、1973年)
・『タワーリング・インフェルノ』(原題:The Towering Inferno、ジョン・ギラーミン監督、1974年)
・『ビッグ・アメリカン』(原題:Buffalo Bill and the Indians, or Sitting Bull's History Lesson、ロバート・アルトマン監督、1976年)
・『アパッチ砦・ブロンクス』(Fort Apache, The Bronx、ダニエル・ペトリ監督、1981年)
・『評決』(原題:The Verdict、シドニー・ルメット監督、1982年)
・『ブレイズ』(原題:Blaze、ロン・シェルトン監督、1989年)
・『ノーバディーズ・フール』(原題:Nobody's Fool、ロバート・ベントン監督、1994年)
・『メッセージ・イン・ア・ボトル』(原題:Message in a Bottle、ルイス・マンドーキ監督、1999年)
・『ゲット・ア・チャンス!』(原題:Where the Money Is、マレク・カニエフスカ監督、2000年)
・『ロード・トゥ・パーディション』(原題:Road to Perdition、サム・メンデス監督、2002年)
その他、ニューマンの監督第一作である『レーチェル レーチェル』(原題:Rachel, Rachel、1968年)を鑑賞。
ニューマンはその存在感だけで観客をうならせるようなオーラを持った名優~正真正銘の“ハリウッド・スター”~だった。
cf. 「年代別にわかる!!ポール・ニューマン出演映画」(「NAVERまとめ」) :私がニューマンの魅力につかまったのは、その映画作品に限られてのことではない。私は長期にわたり、彼の政治的・社会的な立場に格別の関心を持ちつづけてきた。
彼は1960年代から1970年代にかけて積極的なベトナム反戦運動ならびに公民権運動を展開。その活発な運動と過激な発言によって、時のホワイトハウス(ニクソン政権)からにらまれてブラックリストに載せられていた。2004年の米国大統領選挙ではジョン・ケリーを支持し、ブッシュ政権の富裕層減税に対して「私のような富豪から税金を取らないのは馬鹿げている」と批判する。
彼はまた、1982年に食品会社「ニューマンズ・オウン」を設立し、瞬く間に世界規模での事業拡大に成功。2006年には、その四半世紀に及ぶ純利益2億2千万ドルを全額、貧困に喘ぐ子供たちに寄付している。
その社会正義に貫かれた、けれんみのないリベラルな言動は、瞠目に値する!
Paul Newman1925年1月26日、米国オハイオ州クリーブランドでスポーツ用品店の息子として生まれる。
2008年9月26日、米国コネチカット州ウェストポートの私邸で、妻のジョアン・ウッドワード※と5人の娘、2人の孫らに看取られ永眠。
享年83歳。合掌!
※ジョアン・ウッドワード(Joanne Woodward、1930~)は1960年2月9日に、女優としての功績が称えられ、名前入りの星(☆)を歩道に刻むハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム(Hollywood Walk of Fame)に最初に認定された。
2010年3月16日(火)目黒シネマ(東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1、JR山手線目黒駅西口から徒歩3分)で、19:35 ~鑑賞。『ゼロの焦点』17:10~と2本立て上映。
作品データ :
英題 Villon's Wife
製作年 2009年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 114分
文豪・太宰治の短編に、他の太宰作品のエッセンスを取り込んで映画化。放蕩の限りを尽くす小説家と、そんな夫を愛し続ける美しい女性の物語を、松たか子と浅野忠信の共演で綴る。監督は『遠雷』『雪に願うこと』の根岸吉太郎。
ストーリー :
戦後、混乱期の東京。ある夜、酒代を踏み倒した上に、その飲み屋から五千円を盗んで逃げ出した放蕩者の小説家・大谷(浅野忠信)を追いかけて、飲み屋夫婦の吉蔵(伊武雅刀)と巳代(室井滋)が大谷の自宅までやってきた。大谷は飲み屋夫婦と言い争うが、大谷の妻・佐知(松たか子)が割って入った瞬間、大谷はその場から逃げ出してしまう。翌朝、佐知はなんとか警察沙汰だけは許してもらおうと、吉蔵と巳代が経営する飲み屋・椿屋へ出向く。窮地にあっても不思議な生命力を発する佐知は、夫が踏み倒した過去の酒代の肩代わりに、その日から椿屋で働くことになる。生き生きと働く佐知の美しさと明るさが評判となって椿屋は大繁盛。客からチップを貰った佐知は、自分に魅力があると気付き、あっけらかんと「私、お金になるんですね」と言い放つ。一方、大谷は酒を飲んでは借金を作り、浮気を繰り返し、たまに家に帰ってくると、何かに追いかけられているかのように喚き、佐知に救いを求めてくる。そして魂が抜けたようにまたフラリと出て行くのであった。彼は小説家の仕事はしているが、家に金を入れることはほとんどなかった。だが、家ではあまり会うことのなかった夫と、椿屋で会うことができるようになった佐知は、そのことがとても嬉しく幸せだった。佐知がそれを大谷に話すと、彼は「女には幸福も不幸もないのです。男には不幸だけがあるんです」と呟く。そんな中、椿屋で働く佐知の前に、佐知に好意を持つ真面目な工員・岡田(妻夫木聡)や、かつて佐知が思いを寄せていた弁護士・辻(堤真一)が現われる。佐知の心は揺れ動くが、そんな佐知の気持ちを知ってか知らずか、大谷はバーの女・秋子(広末涼子)と共に姿を消してしまう…。
▼予告編
作品データ :
英題 Villon's Wife
製作年 2009年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 114分
文豪・太宰治の短編に、他の太宰作品のエッセンスを取り込んで映画化。放蕩の限りを尽くす小説家と、そんな夫を愛し続ける美しい女性の物語を、松たか子と浅野忠信の共演で綴る。監督は『遠雷』『雪に願うこと』の根岸吉太郎。
ストーリー :
戦後、混乱期の東京。ある夜、酒代を踏み倒した上に、その飲み屋から五千円を盗んで逃げ出した放蕩者の小説家・大谷(浅野忠信)を追いかけて、飲み屋夫婦の吉蔵(伊武雅刀)と巳代(室井滋)が大谷の自宅までやってきた。大谷は飲み屋夫婦と言い争うが、大谷の妻・佐知(松たか子)が割って入った瞬間、大谷はその場から逃げ出してしまう。翌朝、佐知はなんとか警察沙汰だけは許してもらおうと、吉蔵と巳代が経営する飲み屋・椿屋へ出向く。窮地にあっても不思議な生命力を発する佐知は、夫が踏み倒した過去の酒代の肩代わりに、その日から椿屋で働くことになる。生き生きと働く佐知の美しさと明るさが評判となって椿屋は大繁盛。客からチップを貰った佐知は、自分に魅力があると気付き、あっけらかんと「私、お金になるんですね」と言い放つ。一方、大谷は酒を飲んでは借金を作り、浮気を繰り返し、たまに家に帰ってくると、何かに追いかけられているかのように喚き、佐知に救いを求めてくる。そして魂が抜けたようにまたフラリと出て行くのであった。彼は小説家の仕事はしているが、家に金を入れることはほとんどなかった。だが、家ではあまり会うことのなかった夫と、椿屋で会うことができるようになった佐知は、そのことがとても嬉しく幸せだった。佐知がそれを大谷に話すと、彼は「女には幸福も不幸もないのです。男には不幸だけがあるんです」と呟く。そんな中、椿屋で働く佐知の前に、佐知に好意を持つ真面目な工員・岡田(妻夫木聡)や、かつて佐知が思いを寄せていた弁護士・辻(堤真一)が現われる。佐知の心は揺れ動くが、そんな佐知の気持ちを知ってか知らずか、大谷はバーの女・秋子(広末涼子)と共に姿を消してしまう…。
▼予告編
2010年3月16日(火)目黒シネマ(東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1、JR山手線目黒駅西口から徒歩3分)※で、17:10~鑑賞。『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』19:35~と2本立て上映。
作品データ :
製作年 2009年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 131分
社会派ミステリーの巨匠、松本清張(1909~92)の代表作で、数々のサスペンス劇場の元ネタとなった『ゼロの焦点』が、原作者の生誕100年記念で再映画化(1961年に野村芳太郎監督で初の映画化)。敗戦直後の混乱期を経て復興へと向かう昭和30年代初頭の日本を舞台に、結婚間もない夫の謎の失踪を発端として不可解な連続殺人事件に巻き込まれていく若妻が、やがて隠された衝撃の真実に直面していくさまを描く。出演は『おくりびと』の広末涼子、『嫌われ松子の一生』の中谷美紀、『ぐるりのこと。』の木村多江。監督は『ジョゼと虎と魚たち』『グーグーだって猫である』の犬童一心。
ストーリー :
結婚式から7日後。仕事の引継ぎのため、以前の勤務地である北陸・金沢に戻った鵜原憲一(西島秀俊)が姿を消す。憲一の妻・禎子(広末涼子)は、見合い結婚のため10歳年上の夫の過去をほとんど知らず、失踪の理由もさっぱり見当がつかない。夫の足跡をたどって金沢へと旅立った禎子は、憲一のかつての得意先・室田耐火煉瓦会社で社長夫人の室田佐知子(中谷美紀)と受付嬢の田沼久子(木村多江)という2人の女性と出会う。日本初の女性市長選出に向けて、女性候補の支援活動に精を出す佐知子。教養がなく貧しい出身だが、社長のコネで入社した久子。決して交わるはずのなかった3人の女性の運命だったが、憲一の失踪事件がきっかけとなり、複雑に絡み合っていく。一方、憲一の失踪と時を同じくして起こった連続殺人事件に関して、ある事実が判明する。事件の被害者は、いずれも憲一に関わりのある人間だったのだ。夫の失踪の理由とは?連続殺人の犯人の正体とその目的は?全ての謎が明らかになるとき、衝撃の真相が禎子を待ち受けていた…。
①新婚の鵜原禎子は、夫・憲一が引き継ぎの仕事で金沢に行ったきり帰らないことを不審に思い、金沢へ行った。そこで憲一の得意客・室田儀作&佐知子夫妻と会う。室田の会社には、スラングの英語を話す久子という女性もいた。 ②憲一は行方不明、探しに来た憲一の兄・宗太郎も殺され、憲一の後輩・本多も刺殺される。憲一が巡査をしていた過去から、禎子は思いがけない接点を見つける。 ③久子と佐知子は、米兵に身体を売る仕事をしていた。再会した憲一は、偽名を使って久子と暮らしていたが、禎子とやり直すために自殺の偽装をこらすも、佐知子に殺されてしまう。佐知子は真相にたどり着く宗太郎や本多も殺し、久子を自殺に追いやる。禎子に看破された佐知子も自殺した―。
▼予告編
※目黒シネマ(Meguro Cinema)は、名画座として営業⇒ロードショー展開された作品からミニシアター系まで邦画、洋画問わず上映。1955(昭和30)年、大蔵貢の大蔵映画株式会社が「目黒金龍座」「目黒オリオン座」の2館として、現在の東京都品川区上大崎2丁目24番15号に開業。1975年、現在の建物に改築して1館に統一、「目黒オークラ劇場」と名称を変更。翌76年、現行の「目黒シネマ」に改称。
かつて1975年から93年まで約18年間、私はJR目黒駅東口から歩いて5分の「品川区上大崎2丁目13番」に在住、足繁く「目黒オークラ劇場→目黒シネマ」に通ったものだ…。
■私感 :
本作はどうして、こうも軽く、薄く、そして浅いのか!
それは安直な見世物に堕し、そこら辺にころがっている土曜ワイド劇場的な展開になっている。
松本清張不朽の名作と称賛される至高のミステリー『ゼロの焦点』(1959年)。それは端的に言って、単なる「社会派推理小説」の枠を超えて、日本近代文学史に刻まれるべき記念碑的作品にほかならない。
原作では、太平洋戦争直後に端を発する時代の傷痕が生んだ連続殺人事件が活写される。
ところが、映画化に当たって問題は、この原作の背景をなす時代状況を的確に認識し→精緻な構想力をもって再構成する一連の作業が放擲されていることだ。
そこでは、太平洋戦争直後に端を発する時代の傷痕が耐えがたい“痛み”として正しく理解されてはいない。戦争の記憶がまだ身近に感じられていた時代の、死との距離が近い息苦しげな雰囲気がまっとうに表現されてはいない。
cf.【東宝WEB SITE】によるMovie「ゼロの焦点」/イントロダクションは、次のような宣伝文句を謳っている。
〈【犯人当て】【動機の推理】【衝撃の結末】…これら推理小説の醍醐味すべてが詰め込まれた、まさに現代ミステリーの原点ともいえる至高の名作(文豪・松本清張著『ゼロの焦点』―引用者)が、いま、最高のスタッフ・キャストの手によって、究極のサスペンス・エンターテインメントとして甦る。〉https://www.toho.co.jp/movie/lineup/zeronoshouten/introduction.html
cf.【東宝 映画トピックス】の記事〈松本清張生誕100周年記念「ゼロの焦点」待望のキャスト発表!〉(2009.年2.月9日)は、広末、中谷、木村の3人の女優による、次のようなコメントを載せている。
〈広末涼子さん(鵜原禎子役):背負うものが多い作品ですから、プレッシャーはありますが、同時にやりがいを感じています。イメージにあるのは、松本清張作品の重厚さ、そして印象的なモノクロの陰影。 監督が思い描く禎子の人物像は「悲しいのに、まっすぐで強い」女性とのことで、参考としてジャンヌ・ダルクの名前を挙げられました。断崖絶壁に立つ禎子の姿で、「悲壮感」と「強さ」を表現できるよう、演じたいと思います。
中谷美紀さん(室田佐知子役):時代に翻弄された女性の情念を演じることを楽しみたいと思います。
木村多江さん(田沼久子役):(私の役は)人に翻弄されながらも、その運命を受け入れていくという、いままでに無い役なので、松本清張の世界観を大切に、ひたむきに演じていきたいと思います。〉http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/0902/01zeronoshouten_ch.html
私に言わせると、監督の犬童一心(1960~)はおろか、スタッフ陣も【主演の広末涼子(1980~)はもとより、中谷美紀(1976~)にしろ、木村多江(1971~)にしろ】、
時代の闇の重さと深さ/ 暗さと悲しみを一身に背負うには、未熟で甲羅を経ず、まことに力量が不足している。
清張の原作は、物語のプロローグから綿密に出来事や状況を積み上げ、丹念な細部のプロットのすべてが響きあって、奥深い感動的なラストにいたりつく、全編の隅々まで力の充実した作品だ。
苦労人・清張の場合、人間観察の鋭さは定評のあるところだが、とりわけメインヒロイン・鵜原禎子(うはら・ていこ)の心の内面的な襞(ひだ)を微妙に描き出す技巧力は見事というほかはない。
cf. 原作の書き出し:
≪板根禎子は、秋に、すすめる人があって鵜原憲一と結婚した。
禎子は二十六歳であった。相手の鵜原は三十六歳であった。年齢の組合わせは適切だが、世間的にみると、多少おそい感じがした。
「三十六まで独身だというと、今まで何かあったんじゃないかねえ」
その縁談があったとき、禎子の母は一番、それを気にした。
それはあったかもしれない。三十六までまるきり女との情事がなかったとは言いきれない。まったくなかったと聞かされたら嘘のようだし、男としてかえってひ弱な感じがする。長い間勤めに出ていて、男の働く世界に身を置いてきた禎子はそう思った。≫
禎子は芯の強い何とも魅力的な女性だ。
彼女は新婚後間もなく失踪した夫の行方を追い求める。その失踪にまつわる謎を粘り強く追いつづける。そして、消えた夫の秘められた過去に迫り、じわりじわりと真相に近づいていく…。
およそ、一人前のマトモな読者なら、このスリリングな展開に胸がわくわくし、本のページをめくる手が止められなくなるのは必定。
ところが映画版では、当のヒロインを演じた広末涼子の迫真力に欠ける演技が目に余った。
もともと広末は私にとって、どうにも物足りない女優だ。彼女の出演作【例えば、『おくりびと』(滝田洋二郎監督、2008年)や『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』(根岸吉太郎監督、2009年)など】で、その食い足りない演技を目にすると、私は決まって睡魔に襲われてしまう。
しかし、それにしても、本作での彼女の下手くそな演技には、私はとうてい感情移入できず、心底辟易(へきえき)した。
彼女の場合、映画がシリアスものであるほど、演技の幅が狭すぎるために、そのヘタッピイぶりが露わになる!
そもそも、なぜに禎子が夫の失踪に関連して起こる連続殺人事件を執拗に追いかけるのか、その内的必然性がこうした広末の拙劣な演技ぶりでは、少しも観客の心に食い込んでくるはずはない。
私は中学3年時のある日、大学生の姉から一冊の本を借覧した。彼女自ら購入し、読了したばかりの本だった。
「これ、とびきりオモシロイ小説よ!」
それはほかでもない、松本清張最初の長編ミステリー『点と線』(光文社、1958年)だった。
謎の情死体をめぐる、2人の刑事の「アリバイ崩し」を軸とした、徹底的な事件捜査を実にリアリスティックに描写する逸品!
私はこの、初めて出会った清張作品=「息もつかせぬ」推理小説を、一字一句に目が吸い寄せられながら、夢中になって読みふけった。
以後、私は清張モノの大ファンとなり、主として1960~70年代に、その主要作品~推理小説・歴史小説・時代小説・現代小説・ノンフィクション等々~のすべてを貪るように読みつづけた。
作品データ :
製作年 2009年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 131分
社会派ミステリーの巨匠、松本清張(1909~92)の代表作で、数々のサスペンス劇場の元ネタとなった『ゼロの焦点』が、原作者の生誕100年記念で再映画化(1961年に野村芳太郎監督で初の映画化)。敗戦直後の混乱期を経て復興へと向かう昭和30年代初頭の日本を舞台に、結婚間もない夫の謎の失踪を発端として不可解な連続殺人事件に巻き込まれていく若妻が、やがて隠された衝撃の真実に直面していくさまを描く。出演は『おくりびと』の広末涼子、『嫌われ松子の一生』の中谷美紀、『ぐるりのこと。』の木村多江。監督は『ジョゼと虎と魚たち』『グーグーだって猫である』の犬童一心。
ストーリー :
結婚式から7日後。仕事の引継ぎのため、以前の勤務地である北陸・金沢に戻った鵜原憲一(西島秀俊)が姿を消す。憲一の妻・禎子(広末涼子)は、見合い結婚のため10歳年上の夫の過去をほとんど知らず、失踪の理由もさっぱり見当がつかない。夫の足跡をたどって金沢へと旅立った禎子は、憲一のかつての得意先・室田耐火煉瓦会社で社長夫人の室田佐知子(中谷美紀)と受付嬢の田沼久子(木村多江)という2人の女性と出会う。日本初の女性市長選出に向けて、女性候補の支援活動に精を出す佐知子。教養がなく貧しい出身だが、社長のコネで入社した久子。決して交わるはずのなかった3人の女性の運命だったが、憲一の失踪事件がきっかけとなり、複雑に絡み合っていく。一方、憲一の失踪と時を同じくして起こった連続殺人事件に関して、ある事実が判明する。事件の被害者は、いずれも憲一に関わりのある人間だったのだ。夫の失踪の理由とは?連続殺人の犯人の正体とその目的は?全ての謎が明らかになるとき、衝撃の真相が禎子を待ち受けていた…。
①新婚の鵜原禎子は、夫・憲一が引き継ぎの仕事で金沢に行ったきり帰らないことを不審に思い、金沢へ行った。そこで憲一の得意客・室田儀作&佐知子夫妻と会う。室田の会社には、スラングの英語を話す久子という女性もいた。 ②憲一は行方不明、探しに来た憲一の兄・宗太郎も殺され、憲一の後輩・本多も刺殺される。憲一が巡査をしていた過去から、禎子は思いがけない接点を見つける。 ③久子と佐知子は、米兵に身体を売る仕事をしていた。再会した憲一は、偽名を使って久子と暮らしていたが、禎子とやり直すために自殺の偽装をこらすも、佐知子に殺されてしまう。佐知子は真相にたどり着く宗太郎や本多も殺し、久子を自殺に追いやる。禎子に看破された佐知子も自殺した―。▼予告編
※目黒シネマ(Meguro Cinema)は、名画座として営業⇒ロードショー展開された作品からミニシアター系まで邦画、洋画問わず上映。1955(昭和30)年、大蔵貢の大蔵映画株式会社が「目黒金龍座」「目黒オリオン座」の2館として、現在の東京都品川区上大崎2丁目24番15号に開業。1975年、現在の建物に改築して1館に統一、「目黒オークラ劇場」と名称を変更。翌76年、現行の「目黒シネマ」に改称。
かつて1975年から93年まで約18年間、私はJR目黒駅東口から歩いて5分の「品川区上大崎2丁目13番」に在住、足繁く「目黒オークラ劇場→目黒シネマ」に通ったものだ…。
■私感 :
本作はどうして、こうも軽く、薄く、そして浅いのか!
それは安直な見世物に堕し、そこら辺にころがっている土曜ワイド劇場的な展開になっている。
松本清張不朽の名作と称賛される至高のミステリー『ゼロの焦点』(1959年)。それは端的に言って、単なる「社会派推理小説」の枠を超えて、日本近代文学史に刻まれるべき記念碑的作品にほかならない。
原作では、太平洋戦争直後に端を発する時代の傷痕が生んだ連続殺人事件が活写される。
ところが、映画化に当たって問題は、この原作の背景をなす時代状況を的確に認識し→精緻な構想力をもって再構成する一連の作業が放擲されていることだ。
そこでは、太平洋戦争直後に端を発する時代の傷痕が耐えがたい“痛み”として正しく理解されてはいない。戦争の記憶がまだ身近に感じられていた時代の、死との距離が近い息苦しげな雰囲気がまっとうに表現されてはいない。
cf.【東宝WEB SITE】によるMovie「ゼロの焦点」/イントロダクションは、次のような宣伝文句を謳っている。〈【犯人当て】【動機の推理】【衝撃の結末】…これら推理小説の醍醐味すべてが詰め込まれた、まさに現代ミステリーの原点ともいえる至高の名作(文豪・松本清張著『ゼロの焦点』―引用者)が、いま、最高のスタッフ・キャストの手によって、究極のサスペンス・エンターテインメントとして甦る。〉https://www.toho.co.jp/movie/lineup/zeronoshouten/introduction.html
cf.【東宝 映画トピックス】の記事〈松本清張生誕100周年記念「ゼロの焦点」待望のキャスト発表!〉(2009.年2.月9日)は、広末、中谷、木村の3人の女優による、次のようなコメントを載せている。〈広末涼子さん(鵜原禎子役):背負うものが多い作品ですから、プレッシャーはありますが、同時にやりがいを感じています。イメージにあるのは、松本清張作品の重厚さ、そして印象的なモノクロの陰影。 監督が思い描く禎子の人物像は「悲しいのに、まっすぐで強い」女性とのことで、参考としてジャンヌ・ダルクの名前を挙げられました。断崖絶壁に立つ禎子の姿で、「悲壮感」と「強さ」を表現できるよう、演じたいと思います。
中谷美紀さん(室田佐知子役):時代に翻弄された女性の情念を演じることを楽しみたいと思います。
木村多江さん(田沼久子役):(私の役は)人に翻弄されながらも、その運命を受け入れていくという、いままでに無い役なので、松本清張の世界観を大切に、ひたむきに演じていきたいと思います。〉http://www2.toho-movie.jp/movie-topic/0902/01zeronoshouten_ch.html
私に言わせると、監督の犬童一心(1960~)はおろか、スタッフ陣も【主演の広末涼子(1980~)はもとより、中谷美紀(1976~)にしろ、木村多江(1971~)にしろ】、
時代の闇の重さと深さ/ 暗さと悲しみを一身に背負うには、未熟で甲羅を経ず、まことに力量が不足している。
清張の原作は、物語のプロローグから綿密に出来事や状況を積み上げ、丹念な細部のプロットのすべてが響きあって、奥深い感動的なラストにいたりつく、全編の隅々まで力の充実した作品だ。
苦労人・清張の場合、人間観察の鋭さは定評のあるところだが、とりわけメインヒロイン・鵜原禎子(うはら・ていこ)の心の内面的な襞(ひだ)を微妙に描き出す技巧力は見事というほかはない。
cf. 原作の書き出し:
≪板根禎子は、秋に、すすめる人があって鵜原憲一と結婚した。
禎子は二十六歳であった。相手の鵜原は三十六歳であった。年齢の組合わせは適切だが、世間的にみると、多少おそい感じがした。
「三十六まで独身だというと、今まで何かあったんじゃないかねえ」
その縁談があったとき、禎子の母は一番、それを気にした。
それはあったかもしれない。三十六までまるきり女との情事がなかったとは言いきれない。まったくなかったと聞かされたら嘘のようだし、男としてかえってひ弱な感じがする。長い間勤めに出ていて、男の働く世界に身を置いてきた禎子はそう思った。≫
禎子は芯の強い何とも魅力的な女性だ。
彼女は新婚後間もなく失踪した夫の行方を追い求める。その失踪にまつわる謎を粘り強く追いつづける。そして、消えた夫の秘められた過去に迫り、じわりじわりと真相に近づいていく…。
およそ、一人前のマトモな読者なら、このスリリングな展開に胸がわくわくし、本のページをめくる手が止められなくなるのは必定。
ところが映画版では、当のヒロインを演じた広末涼子の迫真力に欠ける演技が目に余った。
もともと広末は私にとって、どうにも物足りない女優だ。彼女の出演作【例えば、『おくりびと』(滝田洋二郎監督、2008年)や『ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~』(根岸吉太郎監督、2009年)など】で、その食い足りない演技を目にすると、私は決まって睡魔に襲われてしまう。
しかし、それにしても、本作での彼女の下手くそな演技には、私はとうてい感情移入できず、心底辟易(へきえき)した。
彼女の場合、映画がシリアスものであるほど、演技の幅が狭すぎるために、そのヘタッピイぶりが露わになる!
そもそも、なぜに禎子が夫の失踪に関連して起こる連続殺人事件を執拗に追いかけるのか、その内的必然性がこうした広末の拙劣な演技ぶりでは、少しも観客の心に食い込んでくるはずはない。
私は中学3年時のある日、大学生の姉から一冊の本を借覧した。彼女自ら購入し、読了したばかりの本だった。「これ、とびきりオモシロイ小説よ!」
それはほかでもない、松本清張最初の長編ミステリー『点と線』(光文社、1958年)だった。
謎の情死体をめぐる、2人の刑事の「アリバイ崩し」を軸とした、徹底的な事件捜査を実にリアリスティックに描写する逸品!
私はこの、初めて出会った清張作品=「息もつかせぬ」推理小説を、一字一句に目が吸い寄せられながら、夢中になって読みふけった。
以後、私は清張モノの大ファンとなり、主として1960~70年代に、その主要作品~推理小説・歴史小説・時代小説・現代小説・ノンフィクション等々~のすべてを貪るように読みつづけた。
2010年3月15日(月)22:00~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 An Officer and a Gentleman
製作年 1982年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント映画=CIC
上映時間 124分
海軍士官養成学校生の友情と恋を描くドラマ。製作はマーティン・エルファンド、監督は『アイドルメイカー』(81、日本未公開)のテイラー・ハックフォード。同じような体験を持つダグラス・デイ・スチュアートが脚本を執筆。撮影はドナルド・ソーリン、音楽はジャック・ニッチェが担当。出演はリチャード・ギア、デブラ・ウィンガー、デイヴィッド・キース、リサ・ブロント、ルイス・ゴセット・ジュニア、リサ・エイルバッチャーなど。
ストーリー :
ワシントン州、シアトル。その日の朝、ザック・メイオ(リチャード・ギア)は、全裸で寝ている父バイロンと娼婦を見ながら、少年時代を思い出していた。海軍の兵曹だった父の不実をなじって、母は彼が13歳の時に自殺。ザックは父の駐屯地であるフィリピンに行き、悲惨な思春期を過ごしたのだ。目覚めた父に、彼は子供の頃からの夢だったパイロットになるため、海軍航空士官養成学校に入ると告げると、父は軍隊なんかに入って苦労するのは馬鹿げたことだと言う。しかし、彼の決意は固く、シアトルの近くにあるレーニエ基地内の学校に入学する。彼を含め34人の士官候補生を待っていたのは、訓練教官の黒人軍曹フォーリー(ルイス・ゴセット・ジュニア)のしごきであった。34名の中にはケーシー(リサ・エイルバッチャー)のような女性もいた。女性を除いて皆丸坊主にされ、ザックはオクラホマ出身の純朴青年シド(デイヴィッド・キース)、妻子持ちの黒人ペリーマン(ハロルド・シルベスター)と同じ部屋を割り当てられた。13週に及ぶ過酷な訓練が始まった。フォーリーは皆を徹底して罵倒し、ザックはメイオではなくメイヨネーズとののしられる。4週が過ぎ、候補生は市民との懇親パーティーに出席することが許された。フォーリーは「娘たちは士官候補生をひっかけようと狙っているから注意しろ」と言う。ザックとシドは、パーティーでポーラ(デブラ・ウィンガー)とリネット(リサ・ブロント)と知りあう。彼女らは製紙工場の女工だった。そして何となくザツクとポーラ、シドとリネットのカップルが出来あがった。週末になると、2組のカップルはデートした。ポーラはザックの内面の屈折した影が気になりながら、彼を愛するようになる。フォーリーは、仲間と溶けあおうとしないザックを特別しごきにしごき、任意除隊(DOR)を申請せよと迫る。ついに、極限状態に達したザックは「ここ以外に行くところがない」と叫ぶ。それを境にザックは、チームの一員として行動するようになつた。日曜日、ポーラの家に招かれたザックは、彼女の父も士官候補生だったことを聞かされる。ポーラも士官候補生をひっかけ、あわよくば玉の輿を狙っているのかも知れぬと思うザック。ザックは翌日、ポーラがかけてきた電話に出ようとしなかつた。一方、シドはリサから妊娠したと聞かされると、DORを申請。結婚指輪を持ってリサの所へかけつけた。だが、彼女は士官としか結婚しないと言う。ショックを受けたシドは、モテルに行き、自殺する。シドのDORを受けつけたフォーリーに、ザックは挑戦。2人は凄絶な闘いをくり広げた。やがて、卒業式の日が来た。少尉に任官したかつての候補生一人一人に敬礼するフォーリー軍曹。「君のことは忘れない」と言うザック。彼は製紙工場に入り込むとポーラを抱きあげる。背後で拍手するリサ、ポーラの母親ら―。
▼予告編
▼主題歌 :「Up Where We Belong」
It was recorded by Joe Cocker(lead vocals)and Jennifer Warnes(lead and background vocals)for the smash 1982 film An Officer and a Gentleman.
ジョー・コッカー(1944~2014)とジェニファー・ウォーンズ(1947~)のデュエット曲「アップ・ホエア・ウィ・ビロング」(作詞:ウィル・ジェニングス、作曲:ジャック・ニッチェとパフィー・セント=メリー)は、1982年のアカデミー賞歌曲賞を受賞。
作品データ :
原題 An Officer and a Gentleman
製作年 1982年
製作国 アメリカ
配給 パラマウント映画=CIC
上映時間 124分
海軍士官養成学校生の友情と恋を描くドラマ。製作はマーティン・エルファンド、監督は『アイドルメイカー』(81、日本未公開)のテイラー・ハックフォード。同じような体験を持つダグラス・デイ・スチュアートが脚本を執筆。撮影はドナルド・ソーリン、音楽はジャック・ニッチェが担当。出演はリチャード・ギア、デブラ・ウィンガー、デイヴィッド・キース、リサ・ブロント、ルイス・ゴセット・ジュニア、リサ・エイルバッチャーなど。
ストーリー :
ワシントン州、シアトル。その日の朝、ザック・メイオ(リチャード・ギア)は、全裸で寝ている父バイロンと娼婦を見ながら、少年時代を思い出していた。海軍の兵曹だった父の不実をなじって、母は彼が13歳の時に自殺。ザックは父の駐屯地であるフィリピンに行き、悲惨な思春期を過ごしたのだ。目覚めた父に、彼は子供の頃からの夢だったパイロットになるため、海軍航空士官養成学校に入ると告げると、父は軍隊なんかに入って苦労するのは馬鹿げたことだと言う。しかし、彼の決意は固く、シアトルの近くにあるレーニエ基地内の学校に入学する。彼を含め34人の士官候補生を待っていたのは、訓練教官の黒人軍曹フォーリー(ルイス・ゴセット・ジュニア)のしごきであった。34名の中にはケーシー(リサ・エイルバッチャー)のような女性もいた。女性を除いて皆丸坊主にされ、ザックはオクラホマ出身の純朴青年シド(デイヴィッド・キース)、妻子持ちの黒人ペリーマン(ハロルド・シルベスター)と同じ部屋を割り当てられた。13週に及ぶ過酷な訓練が始まった。フォーリーは皆を徹底して罵倒し、ザックはメイオではなくメイヨネーズとののしられる。4週が過ぎ、候補生は市民との懇親パーティーに出席することが許された。フォーリーは「娘たちは士官候補生をひっかけようと狙っているから注意しろ」と言う。ザックとシドは、パーティーでポーラ(デブラ・ウィンガー)とリネット(リサ・ブロント)と知りあう。彼女らは製紙工場の女工だった。そして何となくザツクとポーラ、シドとリネットのカップルが出来あがった。週末になると、2組のカップルはデートした。ポーラはザックの内面の屈折した影が気になりながら、彼を愛するようになる。フォーリーは、仲間と溶けあおうとしないザックを特別しごきにしごき、任意除隊(DOR)を申請せよと迫る。ついに、極限状態に達したザックは「ここ以外に行くところがない」と叫ぶ。それを境にザックは、チームの一員として行動するようになつた。日曜日、ポーラの家に招かれたザックは、彼女の父も士官候補生だったことを聞かされる。ポーラも士官候補生をひっかけ、あわよくば玉の輿を狙っているのかも知れぬと思うザック。ザックは翌日、ポーラがかけてきた電話に出ようとしなかつた。一方、シドはリサから妊娠したと聞かされると、DORを申請。結婚指輪を持ってリサの所へかけつけた。だが、彼女は士官としか結婚しないと言う。ショックを受けたシドは、モテルに行き、自殺する。シドのDORを受けつけたフォーリーに、ザックは挑戦。2人は凄絶な闘いをくり広げた。やがて、卒業式の日が来た。少尉に任官したかつての候補生一人一人に敬礼するフォーリー軍曹。「君のことは忘れない」と言うザック。彼は製紙工場に入り込むとポーラを抱きあげる。背後で拍手するリサ、ポーラの母親ら―。
▼予告編
▼主題歌 :「Up Where We Belong」
It was recorded by Joe Cocker(lead vocals)and Jennifer Warnes(lead and background vocals)for the smash 1982 film An Officer and a Gentleman.
ジョー・コッカー(1944~2014)とジェニファー・ウォーンズ(1947~)のデュエット曲「アップ・ホエア・ウィ・ビロング」(作詞:ウィル・ジェニングス、作曲:ジャック・ニッチェとパフィー・セント=メリー)は、1982年のアカデミー賞歌曲賞を受賞。
2010年3月14日(日)22:00~、DVD映画を自宅で鑑賞。
作品データ :
原題 2:37
製作年 2006年
製作国 オーストラリア
配給 シネカノン
上映時間 99分
痛々しいほど危うい10代の心の闇を描き、2006年カンヌ国際映画祭で話題を集めた衝撃作。これがデビューのムラーリ・K・タルリ監督は、友人を自殺で失った半年後、自らも人生に絶望して自殺の道を選ぶが、幸いにも一命を取り留めたのをきっかけに、弱冠19歳で本作の製作に取り組み、2年の歳月をかけて完成させた。それぞれに悩みを抱えたごく普通の<7人(男4人・女3人)>の高校生に焦点を当て、そのうちの1人が午後2時37分に自殺するという事実を前提に、彼らの1日をそれぞれの視点から繊細に映し出す。
キャスト :
・マーカス(成績優秀な男の子)/フランク・スウィート
・メロディ(マーカスの妹)/テリーサ・パーマー
・ルーク(体育会系のスポーツマン)/サム・ハリス
・スティーヴン(障害をもつ男の子)/チャールズ・ベアード
・ショーン(ゲイの男の子)/ジョエル・マッケンジー
・サラ(ルークのガールフレンド)/マルニ・スパイレイン
・ケリー(もう1人の女子生徒)/クレメンティーヌ・メラー
ストーリー :
オーストラリア南部の高校。生徒が帰り始めた午後の校内。廊下にいた女生徒が、何かが倒れるような物音を聞き、近くのドアを開けようとするが、鍵が閉まっている。呼びかけても応答が無い。騒ぎを聞きつけた教師がドアを叩き続けると、少ししてドアの向こうから血がゆっくりと床に広がってきた。一体何が起こったのか?
この物語の≪主要≫登場人物は6人。ピアノが得意で成績が優秀なマーカスは、一流弁護士で高所得者の父親を尊敬している。マーカスの妹メロディは、動物と子供を愛する心優しい女の子だが、両親、特に父親から疎まれていると感じている。スポーツマンのルークはサッカーに夢中で、悪友二人と、いつも級友をからかっている。長髪のショーンはゲイであることを学校でからかわれ、両親からも半分見捨てられている。その苦しみからマリファナを常用するようになった。ルークにぞっこんのサラは、いつも自分のボディラインを気にし、お洒落に余念が無い。来年卒業したら仕事はせずに結婚したいと思っている。3ヶ月前にイギリスから家族で移住したスティーヴンは、尿道が二つあって知らないうちに漏らしてしまう。また、片方の足が短いため、足を引き摺って歩く。卒業までの3ヶ月を絶望的に長く感じている。一見全く境遇の違う6人だが、それぞれが胸に深刻な苦悩を抱え、押しつぶされそうになっていた。錯綜し、すれ違う6人の人生…。
そして午後2時37分にその悲劇は起こる。果たして自らの命を絶とうと決意するのは誰なのか?
▼予告編
作品データ :
原題 2:37
製作年 2006年
製作国 オーストラリア
配給 シネカノン
上映時間 99分
痛々しいほど危うい10代の心の闇を描き、2006年カンヌ国際映画祭で話題を集めた衝撃作。これがデビューのムラーリ・K・タルリ監督は、友人を自殺で失った半年後、自らも人生に絶望して自殺の道を選ぶが、幸いにも一命を取り留めたのをきっかけに、弱冠19歳で本作の製作に取り組み、2年の歳月をかけて完成させた。それぞれに悩みを抱えたごく普通の<7人(男4人・女3人)>の高校生に焦点を当て、そのうちの1人が午後2時37分に自殺するという事実を前提に、彼らの1日をそれぞれの視点から繊細に映し出す。
キャスト :
・マーカス(成績優秀な男の子)/フランク・スウィート
・メロディ(マーカスの妹)/テリーサ・パーマー
・ルーク(体育会系のスポーツマン)/サム・ハリス
・スティーヴン(障害をもつ男の子)/チャールズ・ベアード
・ショーン(ゲイの男の子)/ジョエル・マッケンジー
・サラ(ルークのガールフレンド)/マルニ・スパイレイン
・ケリー(もう1人の女子生徒)/クレメンティーヌ・メラー
ストーリー :
オーストラリア南部の高校。生徒が帰り始めた午後の校内。廊下にいた女生徒が、何かが倒れるような物音を聞き、近くのドアを開けようとするが、鍵が閉まっている。呼びかけても応答が無い。騒ぎを聞きつけた教師がドアを叩き続けると、少ししてドアの向こうから血がゆっくりと床に広がってきた。一体何が起こったのか?
この物語の≪主要≫登場人物は6人。ピアノが得意で成績が優秀なマーカスは、一流弁護士で高所得者の父親を尊敬している。マーカスの妹メロディは、動物と子供を愛する心優しい女の子だが、両親、特に父親から疎まれていると感じている。スポーツマンのルークはサッカーに夢中で、悪友二人と、いつも級友をからかっている。長髪のショーンはゲイであることを学校でからかわれ、両親からも半分見捨てられている。その苦しみからマリファナを常用するようになった。ルークにぞっこんのサラは、いつも自分のボディラインを気にし、お洒落に余念が無い。来年卒業したら仕事はせずに結婚したいと思っている。3ヶ月前にイギリスから家族で移住したスティーヴンは、尿道が二つあって知らないうちに漏らしてしまう。また、片方の足が短いため、足を引き摺って歩く。卒業までの3ヶ月を絶望的に長く感じている。一見全く境遇の違う6人だが、それぞれが胸に深刻な苦悩を抱え、押しつぶされそうになっていた。錯綜し、すれ違う6人の人生…。
そして午後2時37分にその悲劇は起こる。果たして自らの命を絶とうと決意するのは誰なのか?
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