私と和浩は、もう一度だけ恋をリスタートさせる事になり少しだけ緊張感のある恋人に戻りました
二度目の別れを決意した時、本当に苦しくてこんなに苦しいなら和浩と出会わなければ…なんて思っていたのです
和浩と過ごした時間は、私の人格成形にも大きな影響を与えられていたのにとんでもないことを思ったものです
人との揉め事が大嫌いで、その分周りの人にもとても気をつかう人でした
その性格がNとの事件では仇になったのですが、男友達からの信頼も厚く目上の人にかわいがられる人で…
でも私との時間も大事にしてくれる人でした
7年強前の時間、片思いから始まった和浩との恋
嫌なこともあったし傷ついたけどやっぱり私は和浩から離れられないなって思っていました
翌月、和浩は台湾から帰国してすぐに帰ってきたと連絡してきました
私が大阪へ行こうか?とも言いましたが和浩は気を使っているのか俺がそっちに行くわと言い翌日にこちらへ来る約束をしました
じゃあ迎えにいくね そう言って電話を切りました
私の誕生日をまたいでいたので和浩は帰国したその日、こちらへ来る前に私の誕生日のプレゼントを用意してくれていました
私の弟にも、その時に流行っていたキャラクターのおもちゃを買っていました
私が一度送り返した婚約指輪も私に渡すつもりだったのでしょうか…荷物に入っていました
和浩は私に会いにくる途中で
信号無視をしてきた暴走車両に轢かれて危篤状態で病院に運ばれたのです
私は和浩の家族から連絡を受けすぐに大阪へ向かい彼の運ばれた病院に行きました
ICUへも家族として入れてもらいましたが和浩の手を握り話しかける事しかできませんでした
5日目に一度意識が戻り、少しだけ反応する手を必死で握り返しました
表情は穏やかで少し笑顔の様に見えました
その2日後、病院の先生や看護婦さん達の手厚い看護の甲斐もなく… 和浩は息を引き取りました
私は目の前に横になっている和浩を見ても、その事をすぐには受け入れられませんでした
人間て不思議なもんで、悲しすぎるからか目の前の事を受け入れる器が私にないからとゆうだけかわかりませんが和浩の亡くなったあとしばらくは涙が出ませんでした
それからバタバタと私の家族も私の喪服も持参して大阪へ来ました
その時のことは正直あまり覚えてないんです
出棺し火葬場へ行く時になり、やっと和浩との別れに気がついた様な感じでした
火葬場の職員さんが御棺へ釘をうつ様に指示しているのを聞いて初めて声を出しました
「お願いだからやめて!和浩を燃やすなんてやめて!」と大声で泣き叫びました
彼のお父さんやお姉さん、うちの母親も泣きながら止めに入りましたが冷静に考えたらどうしようもない事なのはわかっています
周りは気が狂ったとでも見る人もいたと思います
私はずっと和浩のお父さんやお母さんに「お願い!止めてー イヤやー!」と訴え続けました
本当は彼の家族のほうが苦しかったかもしれないのに…
あまりに私が騒ぐので職員の人とKの家族が話をしてくれ、私と彼のお母さんと和浩の遺体だけにしてくれてしばらく時間をもらいました
少し冷静になり、和浩の遺体に向かって話しかけました
そしてKに最後に素直になれなかった事を心から謝りました
彼のお母さんもずっと泣いていましたが、私は和浩との最後の会話をし覚悟を決め彼のお母さんに
「おばちゃん、私わがまま言ってごめんなさい おばちゃん達にも迷惑かけてしまって…
もう大丈夫 和浩を見送れるよ」
と告げると私以上に泣き出し、私の手を握って
「ぷーちゃんごめんな こんな悲しい思いさせてしまって…
おばちゃんも和浩とぷーちゃんに幸せになって欲しかったんよ
ごめんな…堪忍してな…」
と言っていました
職員さんに謝罪し、さすがに私は和浩の遺体が焼却炉に入るところは見れないと思い少し離れたところでタオルを口元において聞こえないように「和浩、ごめんね」と何度も呟きました
煙突から空へ上る煙を見ながら、その場へへたり込みました
その煙は和浩がもうこの世にいないって事を改めて私に教えていたように感じました
私も連れて行ってほしい…そう思いました
その後両親に付き添われ地元に戻りました
私は和浩のために何ができたんだろうとそればかり考えていました
そして、あの日私から大阪へ向かっていれば何かが違ったのかと
Nの事があっても頑なにならずもっと素直に和浩が好きだって気持ちだけで動いていればよかったのかもと…後悔ばかりが私を支配していました
何度朝を迎えても和浩のいない現実に私の心は耐えられなくなっていました
そして私は父の処方されていた睡眠導入剤を家にある分だけ飲みました
目が覚めた時には病院のベッドで、いきなり母に横っ面を叩かれました
「あんた、睡眠導入剤じゃ死ねないんだから! それにあんたがそんなことしてO君が喜ぶとでも思ってるの? どんだけ心配させたらいいのよ!」
泣きながら怒りながら、何度も叩かれました
私は本当に大馬鹿です
「ごめんなさい」としか言えませんでした
退院してすぐに母の提案で大阪へ行くことになりました
母は「あんたの悲しみは私にも理解はできない でもあんたは現実を受け止めるしか無いの O君の亡くなった事をあんたの中で抱えたまま強くならなきゃいけないんだよ」
と厳しく私を叱咤し、O君の家に行きなさいと言われました
翌日和浩の家族へ連絡し半月ぶりに彼の家に行った
彼の家族は相変わらず優しく迎えてくれた
御仏前には何かかしこまったような和浩の写真があった
おばちゃんとお姉ちゃんが和浩の荷物に入っていた私へのプレゼントやら弟へのお土産、それと婚約指輪に一緒に手紙を渡してくれた
紙袋をもらいその中に一つ一つなおしていく途中でも涙が出てきた
それから、私は先日の自殺未遂のことを話した
お姉ちゃんは泣きながら話してくれた
「和浩はね、事故に合う前にもぷーちゃんへの誕生日プレゼントを何にしようか相談してきたんよ。
アタシが最後に話したのはその事やったの
あの子は、ぷーちゃんの事本当に好きやってん だから、ぷーちゃんそんな悲しいことしたらあかんよ
これは私からもお願いやから 和浩だって悲しむと思うよ」
おばちゃんもそれに続けて
「ほんまやで ぷーちゃんがそんなことしたらおばちゃん和浩に怒られるわ
しんどい時やら悲しい時にはいつでも和浩に会いにくるつもりでここにおいで
それくらいしかしてあげられる事ないけど和浩のお嫁さんになる人やってんから、ぷーちゃんは家族と同じやねんで 大事な家族やねんで おばちゃんにももう悲しい気持ちにさせんとって な」
と優しく諭されました
和浩に申し訳ない気持ちで、おばちゃんたちにも申し訳ない気持ちで謝りました
その日は和浩のお家でお夕飯をご馳走になり、お姉ちゃんと一緒に私たちが暮らした家で泊まりました
その日の晩、心の中で和浩に謝りました 馬鹿な事してごめんって
まだ和浩の匂いのしみついたベッドで横になり二度と自分の命を絶つなんてことしないからって和浩に誓いました
翌日和浩の実家へ挨拶に行き地元へ帰りました
自宅へ帰り和浩の手紙を読み、短い内容でしたが私への謝罪とこれから結婚へ向けて一緒に頑張ろうという内容の手紙
読んだあとは、いつものように泣き崩れましたが私の中で和浩からこれからも頑張って生きていけと言われている気がしました
そうして、私と和浩は永遠に会うことはできない間柄になった事を少しずつ噛み砕く様に自分に理解させていきました