泉大津・穴師地区 / 我孫子地車昇魂式お別れ曳行… | 久吾の地車日記

久吾の地車日記

泉州熊取に生まれ、幼い頃から久吾の地車を見て育った一だんじり好きの日常を綴ったブログである…
日常の一コマからだんじりに纏わる事など、マイペースで綴っていきたいと思います…☆


いつもながら熱が冷めいうちに少し遅めの更新します・・・笑



さて、泉州各地もだんじり祭りも概ね終わりオフシーズンに入る頃・・・



10月26日(日) 早朝、泉大津市和泉国二宮・泉穴師神社を氏神とする穴師地区は我孫子町地車昇魂式、お別れ曳行が行われた。



同日には堺市和泉国一宮、大鳥大社を氏神とする地元大鳥地車も新調に伴い昇魂式お別れ曳行が行われた・・・。



一宮・二宮氏子圏に位置する町が同日に昇魂式を行うと云う実に珍しい日となった・・・



残念ながら私は、家庭の用事もあり9時頃までと時間制限が有ったので我孫子町昇魂式のお別れ曳行のみの見学と成りました。



昇魂式では、町民の方々がお世話に成った地車への感謝と敬意を込めてお別れを名残惜しむ雰囲気が何とも胸を熱くします。



そんな模様を最後まで立会う事は出来ませんでしたが、最後の曳行勇姿を紹介したいと思います。






早朝5時に自宅を出発し20分程で現地に到着…、まだ陽も上がらぬ真っ暗な町内・・・


我孫子町本部前に到着すると既に最後の曳行を控えた地車が据えられ出発を今や遅しと待っておりました。


▲▼往年の化粧でしょうか…


▲日の丸国旗に日章旗、そして大きな飾り花??がとても印象的なオールドスタイル!!



 渋っtunny!!





▲そして、少し陽が昇って来たところでライトアップされただんじりの背中から一緒に朝陽を眺めてました。



 当町の方々も感慨深い瞬間だった事でしょう…



 曳行スタートまで少しだんじりを拝見させて頂きました。




▼左平土呂幕… 【 佐々木 梶原 宇治川先陣争い 】






▼竹の節…  【 鯱 (シャチ)】


 現在の様に兜桁の上面を削るのではなく、竹の節の底面を削る手間の懸かる大工仕事…


 昔はこれが主流だった様ですがその頃はまだ私生まれてません…(-""-;)


 新調当時の物でしょうか…





▼見送り木鼻…




▼見送り隅出す…


▲大振りの隅出すもえぇ彫り物でした。




▼見送り連子…


▲少し画像は小さいですが、猪がめっちゃ渋かった指圧の心



 もののけ姫に出てくるような豪快で躍動感のある猪





▼腰回りの縁板…


▲手彫りの鑿跡が感じられる柄彫りを発見っ…ぴかーん


 こちらも新調当時の物かな…??





 先日、賢申堂/河合師の工房にお邪魔した際、縁板の柄彫りは機械彫りですか??とお訊ねすると『 縁板は手彫りやで! 垂木は今では機械やけどなぁ。 』と仰っておられました。


 垂木などは、機械で彫られるとの事・・・


 見学も束の間・・・





▼陽が上がりお別れ曳行が始まります。







▼泉穴師神社の大鳥居前には歴代の方々の垂れ幕も飾られてました。






▼軽快な鳴物と共にお別れ曳行の始まりです。


 勢い良く参道へ走り抜けて行きます。





▼先ず参道を走り泉穴師神社のお膝元、豊中町がお出迎え・・・



 ▲写真でもお分かりの様にギャラリーの多さに前に出るのも一苦労・・・




▼大工方さんの法被のデザイン、それぞれ紋が違いますが個々の家紋を採り入れているのかな・・・??







▼昔の法被でしょうか、煉瓦格子に『我』も文字・・・





▼豊中町との挨拶も終え、最初のやりまわしです。

 曳き子の握る綱にも力が入ります。



▲さぁ!!一発入魂っ!!鈍角のやりまわしも力強い曳きで勢い良く抜けていきます。





▼土地勘も無く、行くがままついていきます。



▲豊中町郵便局前・・・




▼自身初の穴師地区の難所を観覧、『忠地交差点』・・・


▲少し外に膨れましたが、難なくクリアパチパチぱちぱちゆらゆら

 *カメラの設定ミスでピントが全然違うところに合ってしまいボケまくりに成っちゃいました・・・sorryごめんね



▼そして板原町方向へS字・・・


▲こちらも難なく抜けていきます。




▼板原町と挨拶の為、だんじりを会せます。





▼挨拶を終え再出発・・・、大工方も板原町地車を背に大きく団扇を振り最後の挨拶を・・・









▼我孫子町地車の後を追う様に地車を進め何かするようです。



▲お見送りを済ませ直ぐ右折・・・、真横についたので平側腰周りの彫物を一枚

 *源平衰盛記『義経 奥州衣川館にて白龍と成りし天に昇る』






▼大きなカメラを掛けだんじりに集る『板原村の館長さん』を発見!!


▲やりまわしを披露して帰っていきました。




▼半ばだんじりを見失うという失態に探すのを止め、再び忠地交差点で待機することに・・・


 大きく振られた纏がやって来ました。






▼帰宅予定時刻が迫り、見物出来る最後のやりまわしっ!!



▲今度はピントもそこそこにえぇ勢いのやりまわしを激写っ!!


 センターでビタ止めの有終の美を飾られました。





▼本部前で休憩の後、町内の子供たち中心に我孫子の地を思い出を噛み締めるべく練り歩きます。



▲ここで初めて正面の姿見を撮影出来ました。

 雛段にはご年配の方などが順に乗られ、かつてこの地車と共に青春をすごした思い出に浸っている様にも感じます。

 




▼平方向より

 組物が足され大型化された形跡も見受けられます。







▼お別れ曳行も終盤、泉穴師神社へ向けゆっくりと進みます。








▼制限時間いっぱいいっぱいで我孫子町地車を見送り帰路につきました。




我孫子町地車紹介

 ◇昭和  7年 岸和田市修斉地区 / 八田町にて新調
  昭和23年 八田町地車新調に伴い当町が購入

     大工 岩出 秀吉 (貝塚市出身:現岩出建設)
     彫師 玉井 行陽 田沼 征信 助けとして後藤更星とあります。


     屋根周り 曽我物語
     腰周り  源平合戦
     見送り  賤ヶ岳合戦






平成27年 新調地車完成予定

     製作工務店 地車製作 隆匠
     彫物製作  賢申堂  河合申仁師 (出世作)


     題材は未明・・・





先日、工房に訪問した際少し拝見させて頂きましたが、製作途中でしたが下を巻くほどの出来栄えでした。


個人的に好きな彫師さんなので御披露目が楽しみです。






この度は、我孫子町地車祭礼関係者の皆様お疲れ様でした。

まだ見ぬ新調地車完成に心弾ませている事と察します。



また当町で六十六年、現役生活八十八年本当にお疲れ様でした。




我孫子町の更なる発展と新調地車のお披露目を期待しております。