Yesと言ってくれた人に感謝しよう

元気が出ました

Noと言ってくれた人に感謝しよう

やる気が出ました

 

最低なのは負けたヤツではない。

最初から、勝つ気のなかったヤツだ。

 

人生というプラモデルは、

完成までのプロセスが楽しい。

複雑であればあるほど。

 

困難の90%は、

まだ起こっていない

未来の困難だ。

あるかどうかわからないことに

心を悩ますことはない。

 

〆切に追われ、

徹夜をしている時こそが、

至福の瞬間なのだ。

 

ヒマな時に

好きなことをやろうなんて、

好きなことに失礼だ

 

努力は、定期預金。

忘れた頃に、利息がついて返ってくる。

怠慢は、クレジットカード

忘れた頃に、ツケが回ってくる。

誰も見ていないから書く

 

女々しいのは、誰も見ていないとはいえ

Webに公開している以上、誰かの目に触れる可能性があるということ

 

そんなことはどうでもいい。

アキレス腱を切った。

 

正しく言うと 断裂

 

「切った」と「断裂」。

伝えている事実はアキレス腱が切れているということなのだけれど、

伝わっているニュアンスが違う。

 

日本語の魅力がここにあると思う。

 

ほんとにどうでもいいことだ。

全ての悩みは人間関係の悩みである。

アドラーはよく言ったものだ。

 

過去ばっかり見ていないで、前見よう。

今の現実には過去の行動の結果だし、これから創っていく未来は今が創っている。

 

選択の連続。

未来は今。

今の選択が自分の欲しい未来に向かっているのか?

 

矢印を常に確認する。

今、たどりつきたいと思っているところはどこなのか?

将来はどんな風景を見たいのか。

何よりもワクワクする未来なのか。

 

動かないと何も始まらない。

言葉は知っている。

どれだけ生きてる?

 

今の自分に必要なのは具体的な提案。

 

人が動かない理由は勇気がないからでなく

今、するべきことの重要度がわかっていないのだ。

 

一度すれ違った出会いはもう二度と来ない。

だったら、次に出会う人には自分の最大限で向き合おう。

今は卒業論文提出期限日の朝5時ちょうど。
三行くらいしか書いていない。

泣き言を書きたいというわけじゃない。
このどうしようもないやる気の無さをただここに書きちらし、
どうにかなるんじゃないか?
とただ、自分自身を納得させたいがためにこういうことを書いているにすぎないのかもしれない。

やらなければならないことなんだけど、
この変に達観したような感じはなんなんだろうな。
よくわからない。

最近は、勝手に日々を自己完結してすごし、
ぐうたらな自分も肯定しようとして、
どんどんぐうたらになっているような気もする。

どうしていいかわからないしが、
時間の流れがそれを許してくれない。

こうしてグダグダ文章を書いていくにつれて、
本音が埋もれ、薄まっていく。


最近よく思うのは、おれの承認欲求が人一倍強いってこと。
結局人を攻撃することで自分の批判を正当化して、
自分の存在意義を高めようとしてる。

そこに自分自身の価値が改めてあるかと考えると、
結局自分は他人より優位に立ちたいだけなんだよ。

もっともっともっともっともっともっともっともっと
伝え方はあるはずなのに。

自分はガンダムだと思いたいジムなんだと改めて考える次第だ。

さぁ、今日あと12時間くらいで、
手を付けていなかった卒業論文をどこまで完成させられるのか。
自分が試されている。

さぁ、やるんだ。おれ、
できるはずだぞ、おれ。

週末を待ってばかりじゃダメなんだ。

9時には家を出ることにしよう。
そして終わらせるんだ。
この不毛な時間を。

未来がおれを待っている。