自分に起こっていることは、全てベストなことです | ☆幸せのメカニズム☆本当の私へ還る道

☆幸せのメカニズム☆本当の私へ還る道

韓国在住タロットリーダーです。

アンニョンハセヨ ラビです[みんな:01]


今日は、私という人物について、初めて詳しく書きたいと思います。ふふふ

私は、普通の人間というのを知ってもらいたいのもあります。
全然、すごい人ではないです(笑)
そして、この記事を読んでくださる方の中には、読むだけで外れるブロックもあるのではないかという狙いもあります。

実は、この記事は1月には書いて保存していたのですが、なかなかアップできなくて、でも、先ほどブロックが取れたのでアップする流れになりました^^
(日付けをみたら、ちょうど3か月前の同じ日でした。ビックリ。)

ちなみに長いです!
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私は、普通の家庭に生まれて、高校を卒業して、大学に進学し、卒業後すぐに会社務めを始めました。

大学からは、実家を離れて、ずっと一人暮らしをしていました。


私の会社は、とても古い体制の会社で、朝の机拭きとお茶出しは女性の仕事…のような会社でした。男性社員の湯のみもそれぞれあって、これは部長で、これは○○さんで…といった、いつの時代⁉という会社でした。

机を拭くためには、男性社員が出社する前に、早めに来て、拭かなければならないですよね。会社の始まりが8時半なので、私は毎朝7時には出社していました。

もちろん8時くらいに来ても机拭きは間に合うのですが、入社してすぐに任されていた仕事が忙しすぎて、その位早く行く必要がありました。

当時任されていたのが、土壌分析です。肥料会社に務めていたので、顧客の農家が畑の土を会社に送ってくれば、無料で分析して、窒素、リン酸、カリウムを中心とした、土壌の成分をレポートにしてお知らせしていました。

このサービスが始まったのが、数年前らしいのですが、私の部署(技術普及部)の新入社員は必ずこの仕事を担当していました。

その会社で、総合職で入社した女性は私が二人目です。後は皆さん一般職でした。もう一人の総合職の先輩は、私の大学の先輩でもありました。とても仕事のできる、素敵な先輩です。そして、独身で、実家通いでない女性社員は私が初めてでした。

さて、この土壌分析ですが、年々依頼が増えていて、私の代ではかなりの量になっていました。

しかも、すべて期限付きです。なので、どんどんこの仕事に追われるようになり、朝は7時に出勤し、机拭きとお茶のセットをしたら(続きは他の女性社員にお願いしていました。)すぐに実験室に直行し、昼休みは20分だけとって、夜は10時、11時まで毎日働いていました。

それでも間に合わない。仕方ないので上司に相談したら、私の女性の先輩が新入社員だった時は、一人でできていた仕事をお前はなんで一人でできないんだ?と言われるだけでした。分析量が当時の3倍になっているのを考慮して下さらなかったんです。

休日もサービス出社して、料理洗濯掃除も一人でして、毎日クタクタになっていました。

毎朝居眠り運転してて、それでよく事故らなかったと今では思います。

今思えば、当時私はかなり大きなメンタルブロックを持っていました。

・我慢をすることは、とてもいいことだ。忍耐は美しい。
・自分を犠牲にして、何かに取り組むことは、美徳だ。

今ならなんて、おバカだったんだろうって思います。でも、22歳の時には分からなかったんですね。

そんな生活を続けていたので、ある日倒れました。
朝起きたら、体に力が入らない。体がおかしいんです。会社に休むと連絡し、そのまま一日寝ていました。
そして翌日、自分では動けなくて、当時付き合っていた彼氏(まだ大学院生でした)に病院に連れて行ってもらい、帯状疱疹だと診断されました。私の場合、痛みはなかったのですが、顔と頭に帯状疱疹が出たので、お岩さんみたいになってしまいました。

会社も一週間休まなければ、ならなくなりました。

母親もすぐに広島から名古屋に駆けつけて来て

ここまでよく頑張ったね。偉かったよ。

と言ってくれました。
実は、この言葉、私のブロックをさらに強くしていました。母親に褒められることで、我慢や忍耐、自己犠牲は、私の中でますます良いことになっているんです。

けれども会社からは、体調管理が出来てないと叱責を受けて、私はこんなにも頑張ったのになんで⁇となっていました。(今思えば、そのメンタルブロックそろそろ外しなさいのお知らせだったんですよね。)

さて、会社に復帰して、前と同じ生活に戻りました。
体調はいつも良くない。終わらない仕事。定時で帰って習い事をする一般職の女性社員が羨ましい。そんな日々でした。さらに、上司と合わなくて、私があいさつしても無視。いつの間にか、あいさつすらしなくなりました。当時はいつもいつも、ネガティブなことを考えていたと思います。そんなことを考えるから、そんな現実を作っているのも知らないで。

ストレスが多くなり過ぎて、私のアトピーは、だんだん悪化してきました。
痒くて眠れない日もあり、疲れもピークに。朝、車を運転しながら、このまま事故れば、会社に行かなくても済むかな…と考えたりもしていました。

そんなある日、彼氏のお母様にお会いした時、私のアトピーを見て、

あなた太り過ぎよ!
食生活がちゃんとしてないから、アトピーがでるのよ!
ねぇ、良かったら3ヶ月間、私に食事を任せてみない?3ヶ月したら、アトピー綺麗になるわよ。


当時の私は158センチで53キロくらいだったので、太っているわけではなかいと自分では思っていましたf^_^;)

お母様からのせっかくの申し出。
当時、結婚も考えていた相手のお母様だったので、断りきれず、じゃあ、3ヶ月だけということで、食事療法が始まりました。


食事を全部管理されるので、住み込みです。(ちなみにその時は、彼氏は就職して東京にいました。遠恋ですね。)

家が会社から遠くなり、朝は5時半には家を出ました。
公共交通機関を使っての通勤。大変でした。

さらに、追い打ちをかけたのが、食事療法です。
動物性タンパク質を一切排除(肉魚卵チーズ牛乳全部です。)
玄米主食(今なら知ってますが、私の体には玄米が合いません。)
糖分は排除(砂糖みりんはダメです。)
週末は断食。
朝もできれば断食。


私の体重は急激に減りました。
それと同時に、体質が変わってしまい、動物性タンパク質を取ると、体が反応して痒くなるんです。ただでさえ皮膚がボロボロなのに。食事を変えたらアトピーが一気に悪化し、背中は焼けただれたみたいになってしまいました。

肌が弱くなりすぎて、何もしなくても、ボロボロ剥がれます。着替えは新聞紙の上です。服を脱ぐたびに、剥がれた皮が、ドサっと落ちました。顔ももちろんそうです。化粧なんてできません。顔がボロボロなので、通勤途中にすれ違う人が振り返りました。

お母様は、排毒だと言いました。病院に行けば、今までの苦労が水の泡になると。

忍耐と我慢を美徳だと信じていた私は、明日になったら治るかもしれないと自分に言い聞かせ、耐えました。

一番困るのは食事です。痒くなることへの恐怖からお母様の作ったものしか食べれなくなりました。仮に、お肉を料理した後の鍋で野菜料理を作って食べたとしても、極度の痒みが襲い、膿が出てベタベタの肌を泣きながらかきむしりました。

外食なんて、もってのほか。会社の飲み会には、お弁当持参です。会社の人には変わり果てた外見に、怖がられていました。露骨に嫌な態度を取る人もいました。アトピーが治らないまま10ヶ月が過ぎました。体重は40キロくらい。

そしてついに、体力と気力の限界が来ました。

会社を去る決意をし、私を見ては泣くだけで何もしない彼氏と別れ、何もかも捨てて、荷物は全部名古屋に残して逃げるように実家に帰りました。

変わり果てた姿でした。太陽に当たることもできず(肌が真っ赤になります)ベッドの上から動けなくなりました。感染症にかかり、胸の上辺りが腫れて、病院に行った日、医者が、母親に

命の保証はできない。

と言いました。

食事療法の効果はあったのかどうかよく分からないと医者に言われ、排毒だと言われていたのは、栄養不足から来る皮膚の再生能力の低下でした。

すぐに大きな病院に入院させられました。毎日点滴を打たれ、体中にステロイドを塗られ、紙のパジャマを来て寝ました。

ステロイドはすごいですねー。3日で肌は落ち付きました。しかし、困ったのは、病院の食事。怖くて食べられないんです。トラウマですね。すると、すぐに精神科にも入れられました。

そんな入院生活をいる時、私が疑問に思うことがありました。私の両親は、私を変わり果てた姿にした人に何も言わないんです。

私が親だったら、殴り込みに行ってもおかしくないくらいです。

親に、一言でいいから、向こうの親に何か言って欲しいと泣きながら頼みました。

私の父親は、お父さんがちゃんと言ってやる!と言ってくれました。私はそれだけで、良かったんです。実際に殴り込みに行かなくても一言言ってやるという言葉が聞ければ良かったんです。

しかし、母親は

あんたが例え死んでいたとしても、お母さんは、ありがとうございましたと言ってあんたを連れて帰ったよ。


私は耳を疑いました。
そんなことを言える親がどこにいるのかと。
その瞬間から、母親に対する信頼がなくなりました。
(でも本当は、そういう意味で言った訳ではなくて、私が自殺してやると大騒ぎしたから、それを止めようとして、言った言葉だって言うのは心のどこかで知っていました。でも、当時はそう解釈したくなかったんです。)

お金も仕事も結婚も健康もすべて失って、親への信頼まで失いました。


その日から、母親の目を見ることができませんでした。
声もでない。同じ部屋にいるのが辛い。ましてや、一緒に車に乗ったら息ができない。

退院後、家では、暴れて叫んで泣いて、物を壊して、本気で母親を憎みました。

そして、被害者のつもりになっていた私は、向こうのお母様に一言でいいから、謝って欲しいと手紙を書きました。

すると、ワープロで打った手紙がA4用紙7枚に渡って送られてきました。

内容は
あなたが人任せにし過ぎたからだ。あなたが頑張り過ぎたからだ。
私はこんなにも、あなたのためにはやってあげたのに、恩を仇で返すのか?

そういった内容が繰り返し色んな言葉で書かれていました。

唖然としました。

私を守ってくれる人はこの世にはいないのかと思いました。
最終的には法律かもしれないと思い、無料相談会に行き、弁護士に泣きながら訴えました。

あなたが訴えることで、気持ちが楽になるなら、訴えなさい。
ただし、時間とお金を使って、あなたは100%負けるから。

意味が分かりませんでした。理由は、医療事故の用なケースは、証明ができないからです。
私がまた同じ食事療法をして、同じ症状が出たら、証明できるそうです。

あなたは、もう一度その食事療法をやりますか?


私はすべてが終わったと思いました。当時24歳。


もう、すべてを手放そうと思いました。

そして、やっと忍耐と我慢に対するメンタルブロックが外れたんです。

自分を犠牲にする程の忍耐と我慢をしても、何も得られない。

彼のお母様のこともその時に何とも思わなくなりました。

その時くらいに、初めて浅見帆帆子さんの本に出会いました。


それから、幸せとは何だろう?って考え始めました。

すべてのことを手放した時、私の中で、解放が起こりました。すべてを許そうと思えました。ただし私の母親のこと以外は。
母親だけは、すぐには許せませんでした。

顔を見たくなくて、一緒にいたくなくて、話もしたくなくて。

その時です。
留学しようと思いました。
昔、働きながら、留学一度はいってみたかったな。こんなに急いで就職しなくても良かったな…と思ったのを思い出しました。

始めは日本にいたくなかったから、海外に行きたい。ただそれだけでした。けど、準備を進めるうちに、ワクワクに変わりました。(ちなみに最初の留学はNZです。)

意識をワクワクに向け出してから、世界が、変わりました。今なら当たり前だと分かるのですがf^_^;)

物事がどんどんうまく回り始めました。

そして、NZから戻り、日本でしばらくお仕事をして、次に韓国に行き、その韓国で、心理学に対する興味がものすごく大きくなり、韓国語の勉強が落ち着くと、セミナーに行きまくり、本やブログを読みまくる日々になりました。

そして、どの本だったか忘れてしまったのですが、本を読んでいる時に気付いたことがありました。

今自分が海外に出ているのも、心理学に興味を持っていることも、幸せについて考えているのも、みんなみんな母親のお陰だったということです。

今の私は本当に幸せです。
その状態になれたのは、母親、彼のお母様、会社での経験、全部全部が糧になっています。私には、その時の自分にとっては一番ベストなことが起こっていました。
そして、母親側の気持ちも今なら分かります。

母親は本当に優しい人で、自己犠牲の精神の強い人です。(もうそろそろ手放してもいいと思うんですが…)
だから、相手の親を責めることができなくて、むしろ、自分自身を責めていました。娘がこんなになるまで何もできなかった自分を。
でも、それは私を愛していなかったからではなくて、自分を責める余り、何もできなかったんです。(数秘学的には33番さん。人なんか責めたりできませんww)

今ではそれが理解できるようになりました。
もう、恨んでいないし、たくさん感情をぶつけてごめんねの気持ちでいっぱいです。
この罪を一生背負って行くと言ったお母さんに、もう、何も背負わなくていいと心から思います。お母さんを縛っていたのも私です。今は感謝してるといいたいです。

自分に起こっていることは全て、ベストなことです。


すべての出来事は、ブロックを手放し、解放し、気付き、本当の自分の力を知り、自分と対話するために創造された、素晴らしいものになります。


自分を被害者にしているのも自分
自分を苦しめているのも自分
自分を縛りつけているのも自分
自分を不幸にしているのも自分です。
(食事療法をすると決めたのも自分です。)


だったら
自分を自由にするのも自分
自分を解放するのも自分
自分を赦すのも自分
自分を幸せにするのも自分です。

それに気付いた時、誰しもが大きなギフトを受け取ります。
そして、自分の中には大きな愛があることに気付きます。



まだ、その感覚が分からないけど、すこしでも近づきたいと願っている人のお手伝いができたら嬉しいです。

私もまだまだブロックがたくさんありますので、日々精進です^^


そして、自分の力だけで、物事を解決しようと頑張っている時って、とても難しいです。けれども、目に見えない世界の力も取り入れつつ取り組んでいくと、もっと楽に解決することができます。

それに一歩近づきたい方の背中を押しています^^


長々とありがとうございました。


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