必要な事は必要な時しか耳に入ってこないらしい | ここは

ここは

あたりまえだったこと達が
あたりまえではなくなった時

ここ数年
少なくとも3年間はテレビのない生活を送ってきました

きっかけは引っ越しでしたが
意外にテレビがない生活が快適だったのでそのままです

ある時、久し振りに民放を観た時
不思議な感覚を味わいました


毎日テレビを見ていた頃
自分がテレビの価値感をそのまま自分の価値感として錯覚していたと気づきました
メディアの影響力の強大さに関心

いかに自分が考えないで物事をそのまま受け入れていたかを知りました

それからは自分の感覚を頼りに生活してきましたが

最近、雑誌編集の大ベテランの方と飲むことがあったことで
新聞に興味を持ち始めました
でもやっぱり影響を受けやすい私は
新聞社の価値感になってしまいそうだと躊躇していると

またもジブリ汗まみれ。鈴木さんの
「これに関して、朝日はどう取り上げるのか楽しみだったんですよ」
みたいな一言が耳に入ってきたんですね

そうか、偏っているとわかった上で、世の中の意見に耳を傾ければいいのかと。
自分で考えることが出来れば良い情報源なのかとやっとわかりました。

世の中を遠ざけることは
自分の意見を持つようで
実は自分の安全圏内から一歩も出ない小さな世界で生きてることなのかもとふと思いました


アホや…って声が聞こえてきそうが…
気づけて良かったです