日本スピンドル製造と尼崎市中央卸売市場の人々の活躍 | あなたも変わるセルフコーチング

日本スピンドル製造と尼崎市中央卸売市場の人々の活躍

「兵庫県尼崎市のJR脱線事故で、民間による救助の中心になった産業機械メーカー・日本スピンドル製造と尼崎市中央卸売市場の従業員の活動実態が17日、大阪市内の調査機関・東建エンヂニヤリング防災技術研究所と大阪市立大の合同調査でわかった。  社長の指示やマニュアルなどに基づいて計約400人が乗客を救護し、病院に運んだ負傷者は137人と、消防117人、警察135人の救援数を上回り、負傷者549人の4分の1を占めた。同研究所は「阪神大震災以降、重視されている地域防災の成功例」として、10月の地域安全学会で発表する。(中略)  日本スピンドル製造は事故現場のすぐ南にあり、従業員約270人。調査によると、4月25日午前9時20分、事故から1~2分後には一報が従業員から役員会に伝えられ、救助に役立つ工具や資機材の運び出しを決定。同40分には、社長の判断で操業を中止し、工場内火災に備えて整備している「自衛消防隊本部」がマニュアルに従って、工作、救護など5班に分かれて活動を始めた。  留守番の約40人を除く約230人が現場に出て、会社のワゴン車や大型トラック計23台で負傷者91人を尼崎中央病院など9つの病院に運んだ。また、付近にガソリン臭が漂ったため2次災害に備え、60本の消火器を用意。バールやニッパー、投光器、救急セットなど使った工具、資機材は24種類にも上った。  同社隣の尼崎市中央卸売市場も同時刻、卸売業者や仲卸水産物会社など40社の159人が出動。車11台で負傷者46人を5病院に運び込んだほか、患部を冷やしたり顔や衣服の汚れをふいたりするため800本以上の2リットル入り飲料水、266キロの業務用の氷などを提供し、救護にあたった。  尼崎市消防局の救急車が現場に到着したのは事故から9分後、救急車やパトカーによる搬送が本格化したのは午前10時すぎだった。この結果、いち早く急行できた日本スピンドル製造、尼崎市中央卸売市場の搬送が多くなったという。」 (2005年6月17日15時43分 読売新聞) この新聞を読んで、胸が熱くなりました。色々な企業の不祥事が続く中、捨てたもんじゃないぞ、日本人!日本企業!って感じですよね。特に、この2社の伝達から、決定までの時間、準備の素晴らしさ。 企業は、自社の商品やサービスだけを提供しているじゃないですよね。このような企業、このような人間にならないと感じた記事でした。 人気ブログ・ランキング。ありがとうございます。あなたのおかげで19位になりました。 ↓よければまたクリックご協力お願いします。 人気blogランキングへ