「ごめん、遅くなって。待った?」
「いや、大丈夫」
(ごめん、遅くなって。待った?)くどいようだが、いちいちデートのような言葉に当惑する。心がかき乱される。
「えへへ、シャワーが混んでてさ」
「ああ、そうなんだ」またしても俺はシャワーという言葉にかき乱される。一体どうしてしまったのだろう。
片瀬の身体が側に来るとシャンプーのいい匂いが風に運ばれてくる。眩暈を起こしそうになる。
「じゃあ、いこっか?」
「…え? どこに?」
「あ~言ってなかった。時間ある?」
「うん。大丈夫だよ」
「帰宅部だから」
「帰宅部だから」
今度は言われる前に言った。結果、ハモった。二人で笑う。…楽しい。俺は照れていたけど、この時間を離したくないと思った。
やがて二人でファーストフードの店に入った。考えてみれば女の子と二人でこんなところに来たのは初めてだ。
というか、これはデート? デートと呼べる代物なのだろうか?いや待て、こんなのはただ、たまたま偶然…
―――――取りとめもない思考が頭を交錯する。
「ようやくゆっくり話せるね」片瀬がレモンティーを飲んで言う。
「そうだね」俺は答える。
少し、二人の間に柔らかな空気が流れているのは多分、錯覚ではない。片瀬は少し楽しそうだ。きっと俺はそれ以上に。
改めて彼女を真正面から冷静に見る。照明の充分な室内で。
考えてみれば、面と向かって、二人腰を据えて話し合うのは初めてだ。
俺は常に彼女から目を背けて話していた気がする。愚行のせいで。それのお陰で今こうしているのだが。
今更ながらその美しさに我を忘れそうになる。黒く繊細な、流れるような髪。
普通の女性より鍛えられているのだろうが、
細く華奢な身体。白魚のような指先。
小さな顔、雪のように白い肌。細く整った眉、切れ長で大きな瞳は少しだけ勝気な印象を与える。今は穏やかだが。
細く涼しげで整った鼻梁、小さく形のいい唇は笑うと笑窪ができる。
まだ幼さを多分に残してはいたが、それでも彼女の美しさは際立っていた。
事実、ここに来るまでも、彼女にすれ違う度、振り返る人が何人かいた。
年頃の男子が、禁忌を犯してでも覗きたくなる気持ちもわかる。俺は覗いたんだけれども。
「? どうしたの?」
「ああ、いやなんでもない」…君に見とれていた…なんて思っていても言えない。
「で、さっきの話だけど…」
「あ、その前に、私が話してもいい?」
「え?ああ、うん」
「さっきの西野君の感想ね。ほら、休憩中に聞いたやつ」
「うん…意外だったって…ビックリしてた」
「そう。ビックリした。何ていうか…あんまりお話は上手じゃないのに…言葉が…何て言ったらいいんだろう…
詩的な表現だったって言えばいいのかな? それと、競技の本質を突いていたと思う。初めて見たのに」
彼女は少し身を乗り出していった。
「ね、勉強できる?」
「いや、大して…真ん中くらいだよ」
「じゃあ、得意な教科は?」
「国語…かな。論文とか作文とか…」
「やっぱり!だと思った!」
「え?」
「さっきそう思ったの。ね、いつだったか、賞を貰った事がなかったっけ?全校集会で」
「あ~こないだのやつだね、確か感想文だった。いや、でも、他にも貰ってた奴いたし、別に…」
「違うの。私文芸部の会報で見たの。ねえ、何について書いたの?」
「えーと、森鴎外だった」
「それ!それよ!私凄く共感したの!」
「そうなの?」
「うん!いや、信じられない!あなたを見た時には気付かなかったんだけど、そうじゃなんじゃいかって昨日思ったの!
ほら、授与式の時に簡単な説明があったじゃない?それで多分あなたの事を記憶してたの」
片瀬は完全に身を乗り出し、顔が俺の顔のすぐそこだ。
こんなに驚いた彼女の顔を見たのは初めてだ。といっても、あとは笑顔と、競技に打ち込む顔しか知らないが。
「よく覚えてたね…」俺はなんだか居たたまれない。面映い。自分のした事をこんなに認めてもらった事はなかった。
勿論、嬉しいんだけど。
「…それで、覗いてた時、助けてくれたの?」
「うーん。それは半分。」
「どういう事?」
「もしかしたら、あの人なのかなっていうのも助けた理由。もうひとつは、なんか違ってた」
「違ってた?」
「うん。覗きは珍しくないの。よく来るし。勿論歓迎はしてないわ。」
「…うん」俺は途端に小さくなる。
「あ、西野君はもういいの。怒ってないし、あなたは悪くないから。友達は…ちょっと酷いけど…」彼女は笑う。
「何て言ったらいいか…覗きってね、悪いと思ってないのよ」
「どういう事?」
「うーん。私も良く見つけて、怒るんだけど、大概が、ヘラヘラして悪びれもなく帰るの。
この人達は本当に自分が悪い事をしている自覚があるの?って思う。あとは…ちょっとオタクっぽい人。
この人達は…なんか怖い。怒ると、なんだか不気味に笑うの。何を考えているのか解からないl怖さがあるの」
「ふーん。で、俺は、どうだったの?」
「どっちでもない感じがした。開き直って悪びれるでもなく、かといって何考えてるのか解からないでもなく。
なんていうかね、本当にバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔してた。ふふっ、それに怪我なんてしちゃったドジな人は初めて。
それで、ちょっと同情しちゃったのかもね。ははっ。」
そう言って片瀬は無邪気に笑った。ちょっと馬鹿にされているわけだが、少し照れはしたが、嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、俺の行動が元々悪い行為だったとは言え、彼女の笑顔を引き出せたことが少し嬉しかった。
「それはどうも。見逃していただいて…」
「うん。私も逃がしてよかったと思うよ。今こうしているとね」静かに微笑む。彼女も今この時を、楽しいと思ってくれているのか。
「ね、西野君は小説家になるの?」
「え、なんで?」
「だって、文章得意じゃない?国語の成績もいいし、洞察力…っていうか観察力もあると思う」
「買いかぶりすぎだよ。そんな大したものじゃない。ちょっと人より本が好きなだけでさ」
「そうかなぁ…」
「それより、片瀬さんは?体操ずっとやってくの?」
「うーん、多分高校まで…かなぁ…?」
「どうして?それこそ、俺の文章なんかよりずっといけるのに」
「それこそ買い被りだよー。大体ウチはそんなに強い、レベルの高い学校じゃないし…。でも好きだからやってるけどね」
「そうなんだ…でも実力はかなりあるように思えたけど、正直、一番上手かったと思う。見栄えが一番良かった」
「どうして?」
「まず…手足が長いから、同じ技でも他の人よりも凄く見える。大きく見える。例えば、
足を上げるの一つにしても、片瀬さんと他の部員じゃ高さが違う。
何ていったらいいかな。同じ模様でも、孔雀の羽も大きい方が見栄えがいい。迫力がある。…みたいな感じ」
「…ありがとう。ちょっと照れちゃうね」彼女は頬をほのかに染めた。照れた顔も初めて見た。
「でもね、体操ってあんまり大きいとダメなの」
「そうなの?どうして?」
「小さい方が回転とか…バック転とかする時、小回りが効くでしょう?」
「え?」
「…極端な話だけど、2メートルの人が1回転するのと、
1.5メートルの人が回転するの、どっちが早くて、沢山回転できると思う?」
「…あ…」
「確かに大きい人が見栄えするって言うのは解かる。体操以外の、ダンスなんかではそうね。
でもポイント制の体操では、どれだけ何度の高い技を出来るかが問題なの
世界的なトップレベルの女子選手の平均身長は150cm前後。ウチは大して強い部じゃないから色んな背丈の人がいるけど」
「片瀬さんの身長は?」
「166cm。ちょっと大き過ぎるね」
「ああ…ごめん。無責任な事言っちゃったね、俺」
「ううん。あくまで、トップレベルの話だから。仮に私が小さくても、そんなところまではいけないよ」彼女は屈託なく言う。
「でも」
「ん?」
「嬉しかったな、西野君の批評。大きいのは、体操やってる人間としてはあまり嬉しくないんだけど、
そういわれると、嬉しい。本当に」俯きながら言った。さっきとは打って変わって消極的で、声も小さい。
俺は少しでも、彼女を喜ばせる事が出来て嬉しかった。
喜ばそうとしていったつもりではなく、本心から言った事が彼女を喜ばせた事に二重の喜びを感じていた。
「…じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
ファーストフード店から出てしばらく歩いた俺達は、別れ道に差し掛かった。名残惜しいが、楽しい時間だった。
「ありがとう、色んな話してくれて。楽しかったよ」微笑みながら、片瀬は言う。
「いや、こっちこそ。嬉しかった。褒めてもらえて」俺はどうにか言葉を繋ぐ。
「じゃあね。気をつけて。お休み」別れの挨拶は俺の口から彼女の耳に。
「…うん。お休みなさい」その答えは彼女の口から俺の耳に。
空を見上げた。気が付けばもう、大分前に夜が始まっていた事を空は俺に伝える。
俺は一人、帰り道、この胸の暖かさについて考え…る前に理解した。脳より先に身体で。
俺の考えは解かった。すべき事も同時に。
(…伝えるんだ…! この気持ちを彼女に。俺が恋した、好きな人に。)
…俺は溜息を風に乗せ、呟いた。
その時は不思議と怖さや不安はなかった。
暗い闇夜の中を、静かに微笑むように照らす今夜の満月の様に、俺の心は満ち、透き通り輝いていた。
「いや、大丈夫」
(ごめん、遅くなって。待った?)くどいようだが、いちいちデートのような言葉に当惑する。心がかき乱される。
「えへへ、シャワーが混んでてさ」
「ああ、そうなんだ」またしても俺はシャワーという言葉にかき乱される。一体どうしてしまったのだろう。
片瀬の身体が側に来るとシャンプーのいい匂いが風に運ばれてくる。眩暈を起こしそうになる。
「じゃあ、いこっか?」
「…え? どこに?」
「あ~言ってなかった。時間ある?」
「うん。大丈夫だよ」
「帰宅部だから」
「帰宅部だから」
今度は言われる前に言った。結果、ハモった。二人で笑う。…楽しい。俺は照れていたけど、この時間を離したくないと思った。
やがて二人でファーストフードの店に入った。考えてみれば女の子と二人でこんなところに来たのは初めてだ。
というか、これはデート? デートと呼べる代物なのだろうか?いや待て、こんなのはただ、たまたま偶然…
―――――取りとめもない思考が頭を交錯する。
「ようやくゆっくり話せるね」片瀬がレモンティーを飲んで言う。
「そうだね」俺は答える。
少し、二人の間に柔らかな空気が流れているのは多分、錯覚ではない。片瀬は少し楽しそうだ。きっと俺はそれ以上に。
改めて彼女を真正面から冷静に見る。照明の充分な室内で。
考えてみれば、面と向かって、二人腰を据えて話し合うのは初めてだ。
俺は常に彼女から目を背けて話していた気がする。愚行のせいで。それのお陰で今こうしているのだが。
今更ながらその美しさに我を忘れそうになる。黒く繊細な、流れるような髪。
普通の女性より鍛えられているのだろうが、
細く華奢な身体。白魚のような指先。
小さな顔、雪のように白い肌。細く整った眉、切れ長で大きな瞳は少しだけ勝気な印象を与える。今は穏やかだが。
細く涼しげで整った鼻梁、小さく形のいい唇は笑うと笑窪ができる。
まだ幼さを多分に残してはいたが、それでも彼女の美しさは際立っていた。
事実、ここに来るまでも、彼女にすれ違う度、振り返る人が何人かいた。
年頃の男子が、禁忌を犯してでも覗きたくなる気持ちもわかる。俺は覗いたんだけれども。
「? どうしたの?」
「ああ、いやなんでもない」…君に見とれていた…なんて思っていても言えない。
「で、さっきの話だけど…」
「あ、その前に、私が話してもいい?」
「え?ああ、うん」
「さっきの西野君の感想ね。ほら、休憩中に聞いたやつ」
「うん…意外だったって…ビックリしてた」
「そう。ビックリした。何ていうか…あんまりお話は上手じゃないのに…言葉が…何て言ったらいいんだろう…
詩的な表現だったって言えばいいのかな? それと、競技の本質を突いていたと思う。初めて見たのに」
彼女は少し身を乗り出していった。
「ね、勉強できる?」
「いや、大して…真ん中くらいだよ」
「じゃあ、得意な教科は?」
「国語…かな。論文とか作文とか…」
「やっぱり!だと思った!」
「え?」
「さっきそう思ったの。ね、いつだったか、賞を貰った事がなかったっけ?全校集会で」
「あ~こないだのやつだね、確か感想文だった。いや、でも、他にも貰ってた奴いたし、別に…」
「違うの。私文芸部の会報で見たの。ねえ、何について書いたの?」
「えーと、森鴎外だった」
「それ!それよ!私凄く共感したの!」
「そうなの?」
「うん!いや、信じられない!あなたを見た時には気付かなかったんだけど、そうじゃなんじゃいかって昨日思ったの!
ほら、授与式の時に簡単な説明があったじゃない?それで多分あなたの事を記憶してたの」
片瀬は完全に身を乗り出し、顔が俺の顔のすぐそこだ。
こんなに驚いた彼女の顔を見たのは初めてだ。といっても、あとは笑顔と、競技に打ち込む顔しか知らないが。
「よく覚えてたね…」俺はなんだか居たたまれない。面映い。自分のした事をこんなに認めてもらった事はなかった。
勿論、嬉しいんだけど。
「…それで、覗いてた時、助けてくれたの?」
「うーん。それは半分。」
「どういう事?」
「もしかしたら、あの人なのかなっていうのも助けた理由。もうひとつは、なんか違ってた」
「違ってた?」
「うん。覗きは珍しくないの。よく来るし。勿論歓迎はしてないわ。」
「…うん」俺は途端に小さくなる。
「あ、西野君はもういいの。怒ってないし、あなたは悪くないから。友達は…ちょっと酷いけど…」彼女は笑う。
「何て言ったらいいか…覗きってね、悪いと思ってないのよ」
「どういう事?」
「うーん。私も良く見つけて、怒るんだけど、大概が、ヘラヘラして悪びれもなく帰るの。
この人達は本当に自分が悪い事をしている自覚があるの?って思う。あとは…ちょっとオタクっぽい人。
この人達は…なんか怖い。怒ると、なんだか不気味に笑うの。何を考えているのか解からないl怖さがあるの」
「ふーん。で、俺は、どうだったの?」
「どっちでもない感じがした。開き直って悪びれるでもなく、かといって何考えてるのか解からないでもなく。
なんていうかね、本当にバツの悪そうな、申し訳なさそうな顔してた。ふふっ、それに怪我なんてしちゃったドジな人は初めて。
それで、ちょっと同情しちゃったのかもね。ははっ。」
そう言って片瀬は無邪気に笑った。ちょっと馬鹿にされているわけだが、少し照れはしたが、嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、俺の行動が元々悪い行為だったとは言え、彼女の笑顔を引き出せたことが少し嬉しかった。
「それはどうも。見逃していただいて…」
「うん。私も逃がしてよかったと思うよ。今こうしているとね」静かに微笑む。彼女も今この時を、楽しいと思ってくれているのか。
「ね、西野君は小説家になるの?」
「え、なんで?」
「だって、文章得意じゃない?国語の成績もいいし、洞察力…っていうか観察力もあると思う」
「買いかぶりすぎだよ。そんな大したものじゃない。ちょっと人より本が好きなだけでさ」
「そうかなぁ…」
「それより、片瀬さんは?体操ずっとやってくの?」
「うーん、多分高校まで…かなぁ…?」
「どうして?それこそ、俺の文章なんかよりずっといけるのに」
「それこそ買い被りだよー。大体ウチはそんなに強い、レベルの高い学校じゃないし…。でも好きだからやってるけどね」
「そうなんだ…でも実力はかなりあるように思えたけど、正直、一番上手かったと思う。見栄えが一番良かった」
「どうして?」
「まず…手足が長いから、同じ技でも他の人よりも凄く見える。大きく見える。例えば、
足を上げるの一つにしても、片瀬さんと他の部員じゃ高さが違う。
何ていったらいいかな。同じ模様でも、孔雀の羽も大きい方が見栄えがいい。迫力がある。…みたいな感じ」
「…ありがとう。ちょっと照れちゃうね」彼女は頬をほのかに染めた。照れた顔も初めて見た。
「でもね、体操ってあんまり大きいとダメなの」
「そうなの?どうして?」
「小さい方が回転とか…バック転とかする時、小回りが効くでしょう?」
「え?」
「…極端な話だけど、2メートルの人が1回転するのと、
1.5メートルの人が回転するの、どっちが早くて、沢山回転できると思う?」
「…あ…」
「確かに大きい人が見栄えするって言うのは解かる。体操以外の、ダンスなんかではそうね。
でもポイント制の体操では、どれだけ何度の高い技を出来るかが問題なの
世界的なトップレベルの女子選手の平均身長は150cm前後。ウチは大して強い部じゃないから色んな背丈の人がいるけど」
「片瀬さんの身長は?」
「166cm。ちょっと大き過ぎるね」
「ああ…ごめん。無責任な事言っちゃったね、俺」
「ううん。あくまで、トップレベルの話だから。仮に私が小さくても、そんなところまではいけないよ」彼女は屈託なく言う。
「でも」
「ん?」
「嬉しかったな、西野君の批評。大きいのは、体操やってる人間としてはあまり嬉しくないんだけど、
そういわれると、嬉しい。本当に」俯きながら言った。さっきとは打って変わって消極的で、声も小さい。
俺は少しでも、彼女を喜ばせる事が出来て嬉しかった。
喜ばそうとしていったつもりではなく、本心から言った事が彼女を喜ばせた事に二重の喜びを感じていた。
「…じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
ファーストフード店から出てしばらく歩いた俺達は、別れ道に差し掛かった。名残惜しいが、楽しい時間だった。
「ありがとう、色んな話してくれて。楽しかったよ」微笑みながら、片瀬は言う。
「いや、こっちこそ。嬉しかった。褒めてもらえて」俺はどうにか言葉を繋ぐ。
「じゃあね。気をつけて。お休み」別れの挨拶は俺の口から彼女の耳に。
「…うん。お休みなさい」その答えは彼女の口から俺の耳に。
空を見上げた。気が付けばもう、大分前に夜が始まっていた事を空は俺に伝える。
俺は一人、帰り道、この胸の暖かさについて考え…る前に理解した。脳より先に身体で。
俺の考えは解かった。すべき事も同時に。
(…伝えるんだ…! この気持ちを彼女に。俺が恋した、好きな人に。)
…俺は溜息を風に乗せ、呟いた。
その時は不思議と怖さや不安はなかった。
暗い闇夜の中を、静かに微笑むように照らす今夜の満月の様に、俺の心は満ち、透き通り輝いていた。