そろそろ売れたい美容師さん専門![]()
能力開発プロデューサーコーチのネギーです![]()
私の世界観と題しまして、
自分がなかなか売れなくて
悩んでいた時代を振り返りながら
20年間の美容師人生で学んだ
大切なことを振り返り
「自分らしく私らしく自由に生きる」
私の人生ストーリーを
シリーズ化して綴っております。
お付き合い頂けると嬉しいです![]()
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
前回のお話しはこちらのリンクよりお読み頂けます![]()
第16話 雑誌の撮影だけが楽しみ✨
みんなに支えられて
どうにかやっと
スタイリストになりました!!
この頃、
サロン名が『DADA』から
今の『DADA CuBiC』へと
変わりました
当時は、
サロンが2店舗あり
スタイリストの駆け出しは
原宿のキャットストリートに
あった『DADA原宿店』
勤務になりました
ヨカッター
心の声
ベテラン勢がしかいない
サロンでいきなり
スタイリストデビューするのは
高速道路に自転車で
迷い込んだ人みたいに
なってしまう
それと比べてると
原宿のおサロンは
スタッフの半数が同期だし
原宿という場所もあり
お客さんも同世代
うまく計らってくれたのだろう!?
原宿のサロンを出るとすぐ
表参道があって
外は美容師だらけ
モデルハントをしながら
美容師の友達も増えてきて
同世代の美容師の
つながりもできてきた
休みの前日は
美容師ナイト〜🌙
新宿
渋谷
六本木
下北沢
あちこちのクラブに入って
夜遊びをするようになった
イェーイ!!
朝の5時くらいまで
お酒を飲んで
朝まで踊り倒す!!
サロンのシャンプー台で
寝るみたいな生活 
美容師意外のクラブ仲間
もできたりして
思い描いていたような
美容師に近づいて来た
この頃は、
スマホもなくて
インターネットが少し
流行り出した頃
サロンの集客といったら
チラシを配るか紹介
しかなかったので
夜遊びの仲良が髪を切りに
来てくれたりすると
東京って感じがした
そんな感じでゆるいつながりが
できて楽しい毎日
雑誌の撮影依頼も
毎週のように入っていて
ヘアカタログに大きく
掲載されるとたくさんの
新規客が来る
こんな状況もあった😃
原宿という町柄
若い子が多くて
今は廃刊となった
CUTIE、ZIPPER系を中心に
いろんな雑誌を担当させてもらった!
青文字系の全盛期
雑誌に自分の作品が掲載されたり
担当者の顔写真も撮られたり
アシスタント時代とは
全く違う
理想の美容師生活になっていった
雑誌の撮影
夜遊び
楽しい〜
楽しい〜
いえーい!!
といきたいところでしたが
そういうわけにはいかなかった
夜になるとなぜか
僕だけタカさんに呼び出された
アシスタントの頃と同じように、、、
明日の朝までに
あれやっといて
これやっといて、、、
えっ!?
これじゃアシスタントと
変わらないじゃん、、、
アシスタントも
たくさんいるのに、、、
肩書きがスタイリストに
なっただけで
肝心な売り上げは?
明らかに低かった

これでは
雑用を任されるのもしかたない
当然といえば当然
営業中はお客さんがいないから
モデルハントばっかしていたし
雑誌の撮影だけが
結果として認めて
もらいやすかったから
とにかく可愛いいモデルさん、
超イケメンを探して
衣装も探しにいったり
服屋さんでリースしたり
衣装探しだけで
1日終わっちゃったり
雑誌で1ページ掲載されたら
みんなに認めてもらえると
思ってとにかく頑張った💪🏻
集客の為というより
認めてもらう為
※完全に目的を間違えてました、、、
たまに少し大きく掲載される
ことがあってもなかなか
1ページの掲載はされない
タカさんが撮影をすると
必ずというほど
1ページに掲載されていた
「お前がこないだやったの
可愛くなかったなぁ〜
」
あっ!?
見られてた、、、
サロンの広告なので
外したらやっぱり怒られます
営業中は
モデルハント
営業後は
いろんな作業
相変わらず休みもなく
寝る間もなく
働く日々が続きました、、、
なんちゃって
スタイリスト
お客さんのいない日が続く