瀬降り物語:日本的インテリゲンチャの意思と限界 | ALL-THE-CRAP 日々の貴重なガラクタ達

瀬降り物語:日本的インテリゲンチャの意思と限界


瀬降り物語
監督:中島貞夫
脚本:中島貞夫
出演:萩原健一、藤田弓子、河野美地子、早乙女愛
音楽:速水清司、井上堯之
撮影:南文憲
編集:玉木濬夫
1985年 日本映画

まむしの兄弟』シリーズを愛する僕は、中島貞夫を高く評価している。
それは今でも変わらない。
都立日比谷高校から東大文学部卒。大学時代は、ギリシャ悲劇研究会に所属。
その経歴を引っさげて、東映に入ってからは『くノ一忍法』で監督デビューし、以後『まむしの兄弟』シリーズをはじめお色気、暴力、アナーキーな作品で名を上げた。

それらの中島貞夫作品からは、インテリゲンチャの矜持のようなものが感じられた。
日本におけるナロードニキを知りたければ、中島貞夫作品か鈴木則文作品を観るにかぎると思ったものだ。
東映の看板が「人民の中へ(ブ・ナロード)」の旗印に見えたものだ(笑)。

ところが、中島貞夫はプロデューサーの岡田茂(のちに東映社長となる)から情けをかけられていたのだそうだ。
なんだ、貧しくても誇り高いインテリゲンチャは、実はアリストクラートのお情けにすがっていたのか。
岡田は、中島にお色気映画ややくざ映画を撮らせるのを、不憫に思っていたという。
権力者から、情けをかけられるようでは、革命家もおしまいだ。

心ならずもB級映画を監督させられ、それでもその才能ゆえ面白いものを作って、会社の業績に貢献してくれる。
そんな中島に岡田は「何か一本だけやりたいものを撮らせてやる」と言ってくれたのだ。
中島は喜んで、構想として温めていた三角寛の『山窩物語』をもとにした企画を持ち込んだ。
この時は、クランクインの寸前に、当時の東映社長だった大川博からストップがかかり、頓挫してしまった。
その後も、中島は東映の路線に沿った作品を撮り続け、ついに『序の舞』で巨匠の仲間入りを果たす。

その頃、東映社長になっていた岡田から、改めてお許しが出て、再チャレンジしたのが『瀬降り物語』というわけだ。
中島の喜びようが、目に浮かぶではないか。
功成り名を遂げた自分へのご褒美が、畢生の大作として実を結ぶ。
しかも、原作は『山窩物語』だ。
アリストクラートの下で心ならずも映画を撮り続けたインテリゲンチャが、ついにその心意気を示す時が来たのだ。
……と、たぶん思ったのではないだろうか。

とにかく、中島の「鼻息」を感じるのだ。
日本の隠された土俗を舞台に、ギリシャ悲劇『オイディプス王』とシェークスピア『ロミオとジュリエット』の要素も盛り込みたい。
四季の移り変わる繊細かつ雄大な自然を背景に、村人たちと山窩の交流と軋轢も描きながら……。
おいおい、あんまり力むなよ、と誰か忠告しなかったのだろうか。
いや、東映入社以来25年、すでに巨匠の仲間入りを果たした中島貞夫を止められる人は周りにいなかった。

出来上がったのが『瀬降り物語』だ。
僕は、映画の出来不出来を興行成績で評価したりしない。
商業主義に毒された映画評論家の言も信用しない。
その作品が、僕に何を語りかけてくるか、それだけだ。

ぽつりと思う。
『瀬降り物語』を観ると、悲しくなる。
中島貞夫という日本的インテリゲンチャの一典型が企業に入り、心ならずも与えられた仕事に邁進し、企業の業績に貢献し、そろそろ一本自分の撮りたいものを撮ってみろと、上層部から言われて意気込んで撮った作品。
その結果が、これか……。

最後になるが、南文憲のキャメラが素晴らしい。
自然の景観の美しさには、ため息が出てしまう。
ただただ、美しい。
1985年当時の四国の山間部のロケーション。
あれから35年を経て、それらももう失われているのだろうか。

 

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