長い灰色の線:タイロン・パワーのパワー | ALL-THE-CRAP 日々の貴重なガラクタ達

長い灰色の線:タイロン・パワーのパワー

長い灰色の線
(The Long Gray Line)

 

監督:ジョン・フォード
脚本:エドワード・ホープ
原作:マーティ・マー、ナルディ・リーダー・カンピオン
製作:ロバート・アーサー
出演:タイロン・パワー、モーリン・オハラ
音楽:ジョージ・ダニング
撮影:チャールズ・ロートン・ジュニア、チャールズ・ラング
編集:ウィリアム・ライオン
1955年 アメリカ映画

 

映画は、米国士官学校(ウエスト・ポイント)に50年間勤務したアイルランド出身の兵士が、引退したくないと言って駄々をこね、ウエスト・ポイント出身のコネを頼って、ホワイトハウスにアイゼンハワー大統領を訪ねるところから始まる。どの組織にも、下積みながら、あたかも自分がその組織を支えている親分であるかのように振る舞い、わがまま三昧に過ごし、挙げ句の果てに周りから煙たがられると逆上し、人脈を頼って保身に走る……そんな老害人間がいるものである。

 

しかし、たたき上げの陸軍大将から大統領になったアイゼンハワーだけのことはある。断固として老人のわがままは許さず、判断は現場の指揮官に任せるのである。この冒頭のシーンだけ見れば、流石の淀川長治さんも逃げ出すほどの、超退屈映画を予想してしまうのだが……なんと言っても、監督はジョン・フォードだ。もう少し、お情けで見てあげようか。

 

主人公は、アイルランドから移民してきたばかりの男、マーティ・マーだ。アメリカに上陸したその足で、仕事を求めてウエスト・ポイントを訪ねる。そこで給仕の仕事に就くのだが、下士官連中から「パディ(Paddy)」と呼ばれて馬鹿にされる。パディとはアイルランド人の蔑称だ。つい今日現在の米国を思い浮かべてしまう。この国は、常に差別と偏見の上に成り立ってきた。先住民に対しても、黒人奴隷に対しても、アイルランド移民に対しても、イタリア移民に対しても、メキシコ移民に対しても、日本からの移民に対しても。しかしアメリカ合衆国の偉大なる所以は、それらの人々を一瞬の内にふところに抱きしめてアメリカ人にしてしまうところだ。しかし、最近の中東やイスラム圏からの移民に対するトランプ大統領の姿勢を見たら、歴代の大統領たちは何を思うだろうか。

 

マーティ・マーは、陸軍に入隊し体育助手として働き始める。そして冒頭に書いた「親分肌」を遺憾なく発揮し始めるのである。良くも悪くもアイルランド気質である。自分の属するコミュニティーを家族と勘違いするのである。それが良い方向に向けば強い愛情となるし、逆の方向に向けば頑固な排他主義となる。おそらく実在のマーティ・マーもそのような人物だったに違いない。

 

マーティ・マーを演じたタイロン・パワーを見直してしまった。タイロン・パワーと言えば、美男子の大根役者の代名詞だったが、この時41歳。数年後に訪れる突然の死の運命を知る由もない。タイロン・パワーは、この後に作られた『愛情物語』でも素晴らしい演技を見せる。おそらく40歳代以降に真価を発揮する晩熟のタイプだったのだと思う。シリアスもコメディもアクションもラブ・シーンも、ある種の余裕を持ってこなせる得がたいスターとして活躍してくれたはずだったのに、人生とは本当にはかないものだ。

 

タイロン・パワーはこの映画で20歳代の前半から70歳くらいまでの年齢を演じている。若々しい演技も、小さくしぼんでしまった老人の演技も素晴らしい。タイロン・パワーの実人生は40歳代の半ばで絶たれたが、役者としてのタイロン・パワーは70歳まで生きた。映画俳優にとっては、フィルムの中こそ実際の人生だとすれば、彼は十分に生き切ったと言えるはずだ。

 

ラストで、ウエスト・ポイントを追われることになり、意気消沈するマーティ・マーを待っていたのは、校庭一杯を使った全校生徒による分列行進だ。国旗の下で、行進曲に合わせて披露される分列行進を謁見するのは、軍人にとって最高の栄誉だ。ルールには従うべし、しかし最大級の感謝と尊敬をもって見送る。アイゼンハワー大統領の計らいであった。

 

気がつけば2時間が過ぎ、ラストシーンでは少しこみ上げるものがあった。あれっ? 淀川さん、失礼しました。やっぱり映画って良いものだなぁ。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

 

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