私にはあるハンディキャップがあります
とくに申請はしていないので
扱いは健常者ですが
本当にやりたかったことは
このハンディキャップを持っていては
とうてい叶うことではありませんでした
そのほかにも
さまざまなライフステージで
自分にとって不本意なもの
本来の希望から
一段も二段も下げたものを
選ばざるを得ませんでした
またハンディキャップ自体が
とても恥ずかしく
コンプレックスで
つねに劣等感を持ってきました
私なんかこんな扱いをされても
当たり前
幸せになれなくても
当たり前
そう本気で思い込んでいました
でもエイブラハムによると
このハンディキャップ自体
私が選んでそうなったということになります
そう、わざわざ
このようなコントラストを
好んで体験しに来たのです
自分で選んだのですから
劣等感やコンプレックスは
本来必要ありません
そして強烈なコントラストを
これまでの人生で体験してきた今
ここから私は何を望んでもいいんです
自分で自分を卑下し続けて
それでも生きてきた私に
お疲れ様と言いたい
そしてこれからは
妥協に妥協を重ねたものではなく
本当に欲しいものを望んでいいんだよ
だって私は創造者だから
私は生まれる前に
このような半生を望み
その波動に引き寄せられ
私は生まれ
波動は勢いを増して
これまでの人生を形成してきた
(※ただしこの部分は
エイブラハムによると
いまの我々には自覚できないそうです)
しかし本当の望みに気づいた今
これまでの延長上に居続ける必要はない
人はいつからだって人生を変えられるんだ
だって全て私が放った波動の結果だから
そのことに気づいたとき
ものすごく気分が開放されました
人はどんな状況からも
人生を創っていける
そのことを知るための
半生だったのかなと
いまは考えています