春が来た。
また新しい1年が始まる。
北見での最後の1年。
よそモノの私ができること。
ここから去ると決めているからできること。
風のように過ぎ去りたい。

最後の1年をどう過ごすか。
考えてみて、出た答えは、やっぱり「足元」。

「世界中に友達がいて、世界中を見てきました!」
例えばきっと、すれ違ったお隣さんに挨拶もできない人が言っても
そんなの嘘っぽいし、全然すごくない。

「世界を助けたい!」
例えばきっと、そういうことを言っていても、
家族や身近な人を助けられなかったら
それも嘘っぽいし、全然すごくない。

最近、「日本は結局死には関わらない苦しさなんだ」とか「やる気になれば何だっていいなら仕事だってあるだろう」とか日本と比べる文章をたくさん見た。
聞きたいけど勇気がなくて、聞けなかった。
じゃぁ、この前ニュースになった飢えて亡くなったホームレスの女性は貧困のせいではなかったか?
電気も水もガスも止められ、飢えて亡くなった母子家庭の方は貧困ではなかったのか?
冬の札幌で、手袋もはめることができずに、ビッグイシューを掲げていたホームレスの方は、やる気がなくて仕事につけなかったのか?


私は卑怯だ。
「世界のみんなに、よりよい明日を」
「戦争が起きてから武力で愛する存在を守るのではなく、戦争を起こさないことで守りたい」
そんな大層なことを言ってるくせに、
知っている人にほど、こんな気持ちも言えないのだから。

でも
この1年は言っていこう!

モンゴル人は、日本人に同情してたよ?
「他の国で殺されるときには理由がある。だから自分を守る術もある。
日本は理由もなく、道を歩いているだけで殺されることがある。理由がなくて、自分を守ることもできない。恐ろしいね。モンゴルに親族一同で引っ越して来なよ!」

出前講座で児童労働について話したときの学生の感想。
「こんなに辛い人たちがいるなら、私の悩みなんて大したことないんだ。もっと私は頑張らなければならないんだ。」
私は、感想文を読んで、もう一度講座を持って話した。
「誰かの辛さと自分の辛さ、どっちが辛いか比べる必要はない。
あなたが辛いと感じること、それはあなたにとっては大きな問題なのだから、
あの人より辛くないはずだから頑張らなきゃと自分を追い詰めないで。」

その講座の感想文。
「自分の辛さと人の辛さを比べないでいいよ、と言ってもらえてすごく心が軽くなった。」

もちろん、世界に困っていて、食べるのにも困っている人がたくさんいる。
毎日生命の危険に脅かされている人たちがいる。
でも、私たちを育ててくれた場所にも、
いろんな理由で苦しんでいる人がいる。
1年間に自殺する人が2万人もいる国は、放っておいていいのか。

私は、世界の平和と平等をつくっていきたい。
それはもちろん、人だけでなく、いろいろな命に。

だからこそ、足元を忘れずにいたい。
この1年、一歩一歩踏みしめて、「海の外」だけでなく、本当の「世界のために」
大事に過ごしていきたい。