生の全体性
生の全体性/J. クリシュナムルティ
¥2,730
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この本は、インドの哲学思想家クリシュナムルティ(1895-1986)、アメリカの理論物理学者デヴィッド・ボーム、そして、アメリカの精神分析医デヴィッド・シャインバーグの3名が語り合う討論会の内容を記録した本です。

デヴィッド・ボームはアインシュタインと共同作業も行っていた物理学者です。


この本は訳者あとがきから読まれることをお薦めします。 なぜなら3人のバック・グラウンドと、この討論会が行われた時代背景について記述され、各々心にどんな願いを託して人間の根本からの覚醒、本質への気づき(awareness) について討論していたのかが理解できるからです。

訳者の言葉を借りるなら、『緊迫する核戦争の危機に対して、アインシュタインがガンディーに寄せた深い関心と、デヴィッド・ボームがクリシュナムルティという覚者を通じて流れている創造的エネルギー、人類を救うことになるかもしれない覚醒のエネルギー、いわゆる慈悲心に深い関心を寄せたこととは、通底している』 ということです。


畑の違う彼らが人間の意識の実体にせまるべく問答は、試行錯誤の末に、

ある論理的で明らかな場所へと導いてくれます。 時にその抽象的で飛躍したクリシュナムルティ氏の思考回路についていけず、何度か見失いそうにもなりましたが、読み終えたあとにはまるで自分が瞑想を終えたかのようなクリアな感覚と、彼の一貫した理論が実は非常にシンプルで理に叶ったものであることに別の『私』が気づいているのです。


人間の意識は『断片化』しているといいます。 言いかえると、人は誰もが自分をどこかにカテゴライズしており、その枠内のポジションにいることで安心しているのです。

自分が何かの断片(一部分)でいる限り、生命の全体像(真理)を理解することなどできず、世界中から戦争や格差がなくなる安定した日など到底やってこないのだと言います。


人間の断片化された思考は『イメージ』 となり、有形・無形を問わず、それが現実となります。

自然や人間以外の生物を覗いては、ほとんどが『イメージ』にすぎません。

そしてそれが『イメージ』である限り、永遠なものなど1つもなく、悩みや苦しみの元凶でもあるのだと説きます。

なぜなら『イメージ』は常に変化しているうえに、人間の持つイメージには限界があり大差はないからです。

世界中どこに暮らす人も同じような 『イメージ』 の基本構造を持つが故に、人は現実とのギャップに混乱し、傷つき傷つけ合い、欺かれてもしまうのです。


そしてまた 『私』 というものも、過去の経験を元に自ら生み出したイメージにすぎず、思考過程から独立した現実(リアル)ではないのです。

テーブル、国家、幻想、音楽など、思考によって作り上げたもの全てと何ら変わらないということです。


『私』 =思考の運動 から存在し得るものであり、思考を止めた時にイメージである 『私』 は消え、沈黙が生まれたかのようになります。


ここでクリシュナムルティ氏は、瞑想の意義を伝えます。 普段『私』だと思っている『私』から離れてみることの重要性に導きます。

では意識上での『私』が “無” カラッポになったときに、何が残るのか...?

彼は、そこに人間の果てしない無知に対する深い悲しみと、それによって生まれた“慈悲心” の途方もないエネルギーがあることを知るのだといいます。

そして“慈悲心”を超えたところに 神聖なるもの (sacredness)があるのだといいます。

生命は神聖なるもの。 だから生命を大事にしないといけないのだと。


瞑想することによって誰もがきっと、彼がよく口にする言葉、

『私』は世界であり、世界が『私』 である

ということを実感できるのでしょう。 心理的に『私』 は世界中の他の人たちと同じ。 自分はひとりではない。 自分は人類の歴史全体だ。 自分の意識が変われば、その影響は人類全体に及ぶ。 意識は全体の一部。 善を花開かせるためには、どんな努力もしないでただ悪という事実そのものを観察すること。 悪、魔性、醜さが完全に理解されたとき、その対極をなすものがおのずと花開く。 「あるがまま」を見つめるだけでよい...。


自分を内観してみることの重要さを知りました。


最後に再び訳者あとがきより (1986年1月記述)...

『人類が陥っている困難や、混乱、窮状は、古い意識の領域にある。 それを根こそぎ変えてしまわない限り、人間の為すことは、政治、経済、宗教、そのすべてが互いに滅ぼし合い、地球を破壊するだけだろう。

もしわれわれが本気で存続、平和を願うのなら、クリシュナムルティが明確に示すこの自己変革の課題を、自分自身の双肩に担わねばならない。 そしてこの自己変革へのうねりの音は、都会の喧騒、人工照明、横行する拝金主義(mammonism)、中流意識幻想といった、われわれの目をくらませる現代の舞台装置の向こう側に、よく耳を澄ませば聞こえてくるはずである。』


出版後20年経った現在、核戦争の恐怖はなんとか人間の『イメージ』が作り出した危機感、想像力によってかろうじてその安全が保たれています。

ですが弱者の犠牲の上になりたつ強者の快適な生活という理不尽な構図は広がるばかりで、戦争、差別、飢餓、虐待、暴力の憎しみは依然世界中にはびこっています。

この本はとても古いですが、今も尚とても強いメッセージを放っています。

本の後半、クリシュナムルティの講和を記録したものの方が理解し易いと思います。 機会がありましたら是非ご一読下さい。 (図書館にもあるはずです)


ここまで読んでいただいて本当にありがとうございましたラブラブ