運命のきまぐれ -4ページ目

運命のきまぐれ

selaの日常を気の向くままに気まぐれに

ってことで盛岡行の新幹線の中から書き書きしてます^^


前回の帰省でグランクラスの虜になっちゃったので

今回もまたまたグランクラス使っちゃってるけど

広いし、パソできるし、軽食&おやつ付きだし言うことなしですよ~☆


ついでに契約切り替えたモバイル・ルーター君もえらいわぁ~

トンネルの中でもサクサクとペタ返しできるんだもん^-^


ということで1週間ほど暑い東京を脱出して

涼しい(だろう)岩手でのんびりと

…おねぇさまのことだから、そんなにのんびりも

させてくれないだろうとは思うけど^^;…

してくるのであったった☆


今回は Instagram 覚えたし

それなりに田舎の景色でもUPすることにします☆


時期なんでしょう。

国会での大騒ぎやら戦後70年に8月ってことでw

TVは戦争関連特番いっぱいだし街頭には街宣車がいっぱいだし^^;

世の中には右だの左だのって話題もありますしねぇ~。

ところで右派(右翼)だの左派(左翼)だのってどれだけの人がちゃんと意味わかって

使ってるんでしょうかねぇ~って素朴な疑問です。

世の中では右=軍国主義者とか戦争容認派とか、保守だの

左=平和主義者とか革新者みたいに言ってますけど

その認識でいいのかなぁ?ってお話です。

今回は世間の話題に便乗してみましたってことでw


8~9年前になります。

selaぴょんに神道とか陰陽師とか世の中では言われていない

いろいろなことを教えて下さったお方がおりまして

そのお方、右翼の総元締めみたいに言われてる方の身内だったんですよね。

(…どんな人間関係なんだとツッコミはなしでお願いします^^;)

まぁ、いろいろとお世話になってたとこもあったので『右翼』とはなんぞやという

勉強会にも何度か参加させてもらいました。

回りくどいお話は省くことにして結論だけ語るなら

世の中で言われてるところの「右派」とselaぴょんの理解するそれとは違います。

wikiの解説もなんか違うな~なんだけど、その辺は置いとく事にして…w


表題とちょっとズレたお話ですが一つの喩えとして…

日本という国の中でも「何県生まれ」かってことで

自分の生まれた県が一番だと主張しあいますでしょ?

自分の故郷をバカにされればムカつくし反発するし

ちょっとでも褒められたりすると嬉しくなったり自慢したりしますでしょ?

それを「何県」というお話ではなく「日本」と「他国」ってお話にしたらどうなるでしょう。

日本国内の県の対立は最後は同じ日本人なんだからで丸く(?)収まるけれど

これが国対国だったらどうなるのかってことですよ。

「同じ地球人なんだから」って話に落ち着くならいいですけど

各地での紛争を見てお分かりのように「地球人」理論はまかり通らない^^;

「地球外生命」との紛争でも起きない限り↑の「地球人」理論は成り立たないでしょう。

(宇宙戦争が起きる事態になったとしても無理かもしれないけれどww)

結局、同じ民族、同じ国であればまだ一つになれるでしょうがそうでない相手とは難しい。

同じ民族で同じ宗教でも対立して紛争が絶えないところもありますしねぇ~。


自分、家族、家系、友人、同郷、といった繋がりは本人が思う以上に強く

それらの生命、矜持、を維持し守るための大義もまた本人が思うより重いのです。

更にその範囲を広げるなら財産、権利、といったものも↑に含まれるかもしれません。

面倒なのでこれらを一まとめにして「大義」と言い換えちゃいますけれど

どの国に生まれた人でもこの「大義」を多かれ少なかれ持っている訳です。

この「大義」に何が含まれるか、そして「大義」のために自分の命すら

賭すことができますか?できませんか?って程度の差が右だの左だのを

分ける指標の一つだったりするってことですよw

あくまで「指標の一つ」でしかないですが^^

で、究極の右と言われるのは↑の大義に国益ということまでが含まれ

かつ、己の命を賭してまでもその大義を守ること信条とする人を言うようです。

故に、「大義のためなら戦争も辞さず」ってことで右=軍国主義って解釈になる訳でw


政治的な思惑を孕むかどうかはともかく

戦争法案が成立しそうな「今」ですし右とか左とか抜きにして

自分の大義はどこまでで、そのためにどこまでのことができる(できない)のか

少し考えてみてもいい時期なんじゃないかなぁ~という提案でした。

そうすれば今議論の的でもある戦争法案の是非に対する自分の意見が

単に世論に流されてるだけなのか、己の信条に基づくものなのかがはっきりしますから^^


ちなみに…selaぴょんの場合、自分と「身内」と呼んで障りのない人たちの

生命、財産、権利、矜持を守るってのが「大義」の範囲かな。

そのためなら戦うことは辞さないけれど、命を賭すかどうかはその都度

条件によって変わるってことになるのであったった~☆(と、誤魔化しておく?ww)


注*あくまでもselaぴょんの仕分けであって必ずしも一般論と合致しませんw

「アメンバー限定」とかで見れない記事。

仲間内だけで情報交換する機能だからその機能があることは肯定派。

ただ、わからないのがその機能を利用する人の考え。

特にスピ系の方の使い方がいみふだったりw


ブログの使い方って人それぞれでしょうけれど

多かれ少なかれ、自己満足と虚栄心に

いくばくかの自己主張が混ざってやってると思うのです。

スピ系の人たちには更に自己の教義(思想)の流布って目的も

加味されるんじゃないかなって思うんだけどw


自分の思想・哲学をいかに拡散させるかがスピ系住人の

使命感になってるように思えるのに

仲間内の連絡網じゃなく、いかにも自分の思想拡散目的の

タイトルがついてるのに限定ってどういうことですかねぇ?

ってつい考えちゃった訳ですよw


で、あたしなりに考察してみた。

・自分の主張に自信がない。

・反論されたくない。

ってところなんだろうなw

自信がないなら書くなよって言いたいんだけどww


何で自信がなくなるのか。

どんな段階の人に向けて書いてるのかが明確じゃないってことでしょ。

スピ系の上級者に向けての記事だと反論されかねないでしょうし

入門者では理解できなくて結局自分から離れていく。

入門者向けの記事だと簡単すぎて上級者に見下されそうとかね。

も一つついでに、自分が過小評価されたくないってどこかで思ってるんでしょうw

…結局は「自分」がブレちゃってるって気づいてないんでしょうねぇw


ということで、あたしの「room of alchemy」や「世界樹」は

対象としてる相手が違うって理解してもらえれば^^

room of alchemyはスピ系に興味を持ってもらうためのきっかけだったり

スピ系住人の初級~中級者が「それあるある!」

って思ってくれればいいと思ってる。

「世界樹」はスピ上級者がそこをきっかけにしてより自問自答して

より本質を探すきっかけにしてもらいたいって思ってる。

…あたしがそう思ってるだけで必ずしもそうじゃなくていいんだけどw


ま、その辺の軸がブレなくなってからは

かなり好き勝手な記事も書くようになってますけどね^^


他人の意見気にしてたら書くのも楽しくないですからねぇww

人生それすなわち遊び。

ってことで、他人を気にして萎縮して楽しめないのは本末転倒!

人生、大いに楽しみましょう^-^