Ｎ－０１４　サモトラケのニケ（大）　　　　　　　　　Ｈ．１０５×Ｗ．５７×Ｄ．６０ｃｍ　（ルーブル美術館収蔵　紀元前１９０年頃）

日々石膏屋さんとして仕事をしている身として、人気のある石膏像は？と考えたときに真っ先に思い浮かぶのが「ミロのヴィーナス」と、この「サモトラケのニケ」です
サイズのバリエーションも豊富ですし、後方に向かって大胆に広げられた羽根を持つスタイルには、他の石膏像には無い派手さがあります

収蔵場所のルーブル美術館では、昨年から今年にかけて大規模な補修、洗浄、再構成が実施されたようで、その様子がツイッター等にもアップされていましたね。もうすっかり美しい姿になって展示も始まっているようです。ずいぶんすっきりした白さになって、土台の舟の部分と彫像本体の間に挿入されていたコンクリートブロック（１９世紀末に付け加えられた部分）も取り除かれました

①ニケ像の発掘
１８世紀末、トルコ・ハドリアノポリスに副領事代理として赴任していたフランス人、シャルル・シャンポワゾは考古学愛好家であり、パリの帝国美術館の収蔵品充実のために日々古代遺物を探し求めていました。１８６３年、サモトラケ島を調査していたシャンポワゾは、大きな女神像の断片・部品を発見します。頭部や腕については発見できませんでしたが、衣や羽根の断片が多数出土し、それらは１８６４年にルーブル美術館に送られました

ルーブル美術館では研究者達が慎重に修復・構成の作業に取り組み、１８６６年に胴体部分の塊として「カリアティードの間」に展示されました
この時点では、両羽根、台座部分となる船の先端部分、胸部分、などを欠いた状態でした

その後、１８７５年にオーストリアの考古学調査隊がシャンポワゾがニケ像を発見した場所を再調査した際に、残されていた大理石群がニケ像の土台部分であることが判明しました。シャンポワゾは、大理石の色がニケ像と異なることから、それらの大理石を別の墓の一部と勘違いして置き去りにしてしまったのです。１８７９年にこの情報を知ったシャンポワゾは、それらの大理石群をルーブル美術館へと移送し、台座を含めた形での復元作業に取り組みました。オーストリアの調査隊が指摘した通り、それらの大理石は礎石部分（長方体の石が敷き詰められた部分）と、その上にのる船の舳先部分として復元されました

ルーブル美術館では、それらの土台部分を含めた形での復元作業が続けられました。１８６６年の時点では除外されていた右胸部分の断片を接続し、左胸部分・乳房下の帯の部分については石膏で補足しました。複数の断片となっていた左翼は、裏面・後方を金属で補強して復元し、わずかの断片しか発見されなかった右翼については、左翼の形状を型取りして反転したものを石膏で制作し取り付けました。このようにして現在我々が目にするのとほぼ同じような姿に整えられたニケ像は、１８８４年完成したばかりの「ダリュの階段」の踊り場に設置されました

その後１９５０年に、ニケ像の右手部分（親指・薬指以外は消失）がサモトラケ島で発掘され、現在はニケ像の脇のケース内に展示されています

１８８０年代　ルーブル美術館中庭での組み立て作業

②製作者・年代について
制作年については、古代ギリシャ・ヘレニズム期の紀元前１９０年頃とするのが定説となっています
風にはためき、体に纏わりつくような衣文の表現はヘレニズム的なものですし、劇的で力強い表現形式は紀元前１８０年頃に製作されたとされるペルガモン大祭壇（ベルリン美術館収蔵）の帯状レリーフ群との類似性も指摘されており、同一の作者とする説もあります

ニケ像は、船の舳先に立つ姿で神殿に奉納されたものであるため、何らかの海戦での勝利を記念したモニュメントとする説は有力です
サモトラケ島の位置する地中海東方では、紀元前221年のマケドニア王フィリッポス5世の即位後から海戦の回数が急増しており（紀元前189年頃には収束に向かった）、その時代の何らかの海戦での勝利を祝して奉納されたものと考えられています

また彫像の基幹部分が複数の大理石のパーツを組み合わせて制作されていることもヘレニズム期の作品としての特徴です
ニケ像の胴体部分は、乳房の下から足までのパーツと、乳房から頭部までの部分が別々の大理石から掘り出され接合されています

③彫像の本来の姿
サモトラケ島には、カベイロイと呼ばれた密教的な神々への崇拝があり、秘儀的な祭式を行うための神域が形成されていました。ニケ像は、そういった神域の最も高い位置の場所に建てられた小さな建造物の中に設置されていました。

ニケ像の繊細な布ひだの保存状態から判断して、この建造物には屋根があったものと推定されています。彫像は、建物正面から眺めた場合、左側の側面がよく見えるように斜めに設置されていたことが台座跡から判明しています。彫像の左側部分の衣文が繊細に表現されているのに対して、右側の表現が極端に簡略化されているのはそのためです。

彫像の土台部分は、まず厚さ３６ｃｍの板状の大理石が敷き詰められ、その上に船の舳先の形となるように巨大な大理石が組み立てられていました。席偽の部分は、当時の典型的な戦艦の先頭部分を表しています。古代ギリシャ艦隊の最大の武器は、船の先端部分に設置された衝角（しょうかく）と呼ばれる鋭利な金属製の突起物で、これを敵戦艦の船腹に衝突させ撃沈するというのが勝利の王道でした。残念ながら、ルーブル美術館のオリジナル彫像ではこの衝角の部分は失われていますが、彫像の完成当初は存在したものと推定されています

女神像は、キトンと呼ばれる薄い布のドレスをまとっており、腰のあたりで縛った帯を覆うように折り返した部分が垂れ下がっています。さらに左側の腰のあたりに掛かるような形でヒマディオンという厚い布のマントをまとっており、前方ではその裾が両足の間へと降りてゆき、後方では風にはためく形で大きな突起物として彫刻されています。

ニケ像の頭部と両腕については発見されていません。右腕のわずかの断片のみが発掘されており、右手の様子を推測する手掛かりとなっています
右の肩と乳房が少し上がっていることから、右腕が上方に向けられていたと推定されます。僅かの断片からは、右腕が体から少し離れた場所で上方に上げられ、わずかに肘を曲げていたことが判明しています。彫像の発掘当初は、この右手にはトランペット、冠、帯などが握られていると推定されていましたが、1950年に発見された右手断片によって、何も握っておらず、単なる挨拶を送るしぐさをしていたことが判明しました

胴体とは別の大理石から彫刻されていた両足部分は現存しませんが、胴体部の痕跡からその様子を推測することができます。右足は船の甲板にのせられ、左足は宙に浮いていたようです。ニケ像は、歩いている様子を表していたのではなく、船の甲板にそっと舞い降りた瞬間だったのでしょう

頭部については正面を向いており、左腕は下方向に降ろしていたと考えられていますが、それらはまったくの仮説に過ぎません

④ニケ像とは
ニケは、古代ギリシャ神話に登場する勝利の女神です。ティタン族の血族パラスとステュクスの子で、ゼウス（オリンポス側）とティタン族（クロノス側）の争いの時にオリンポス側に加担し、その後ゼウスから庇護される存在となりました。有翼の女性の姿で表され、アテナの随神とされています。勝利の知らせを広く伝達できるように翼を持ち、ときにはトランペット、冠などを携えてそのメッセージを伝えました。紀元前6世紀のアルカイック期からニケの彫像はたくさん作られており、時代の変遷とともに様々なスタイルの彫像が残されています

本来の彫像の設置状況を考慮すると、この方向から鑑賞するように作られています

羽根の様子。左羽根は金属のプレートで支えられています。右羽根は石膏製のレプリカ

台座部分

ダリュの階段の様子

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N-014 サモトラケのニケ（大）

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