行田市埼玉(さきたま)にある県内唯一の特別史跡、
『国特別史跡 さきたま古墳群』
5世紀後半から7世紀中頃にかけて、
連続して築かれた、前方後円墳8基、大型円墳2基、
方墳1基、小円墳群で構成されています
狭い範囲の台地に、大型古墳が密集し、
全国でも屈指の規模の古墳群です
令和2年(2020年)に、
埼玉県内初となる特別史跡に指定されており、
<埼玉古墳群~古代東アジア古墳文化の終着点>として、
世界遺産への登録を目指しているとのことです
石田堤
天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東平定に伴い、
石田三成ら豊臣軍は忍城(おしじょう)を包囲し、
水攻めのための堤を築いたとされ、
わずか一週間で作り上げたといわれています
実際には、自然堤防や微高地を巧みに利用して作られた堤です
丸墓山古墳
時期:6世紀初頭 墳長全長:105.0m
墳丘高:17.2m
忍城(おしじょう)が見えます
裏手からの登り口
稲荷山古墳
時期:5世紀後半 墳長全長:120.0m
後円部高:10.4m 前方部高:9.4m
※国宝:金錯銘鉄剣が出土している
愛宕山古墳
時期:6世紀中頃 墳長全長:54.7m
後円部高:3.6m 前方部高:3.7m
将軍山古墳
時期:6世紀中頃 墳長全長:90.0m
後円部高:- m 前方部高:8.0m以上
二子山古墳
時期:6世紀前半 墳長全長:132.2m
後円部高:11.7m 前方部高:13.7m
※武蔵国(現在の埼玉県全域、東京都大部分、神奈川県一部)で最大の前方後円墳
瓦塚古墳
時期:6世紀前半 墳長全長:73.4m
後円部高:4.8m 前方部高:4.6m
奥の山古墳
時期:6世紀前半 墳長全長:66.4m
後円部高:5.6m 前方部高:6.0m
旧遠藤家住宅
埼玉県名発祥之碑
埼玉郡(さきたま)は、国郡制度が発足した当初から制定された郡とされ、
当初は前玉(さきたま)郡という表示も行われていた
正倉院文書神亀三年(726)の山背国(やましろ)戸籍帳には、
<武蔵国前玉郡>との表記がある
ここ行田埼玉(さきたま)の地は、巨大古墳群の所在地であり、
前玉神社(さきたまじんじゃ)が鎮座することもあり、
おそらく埼玉郡の中心地であったと考えられる とあります
未だ、発掘調査を行っていました
所在地:行田市大字埼玉周辺
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