武田神社と甲府駅界隈・山梨県
甲府駅北口から富士山
生信玄餅
昨年の秋に山梨県の甲府市を訪ねた際の写真を投稿します。
~武田神社~
武田神社に参拝して御朱印を頂こうと、甲府駅の北口から北へ進む。
通りには、16世紀の戦国時代・武田家臣24将の幾人かの屋敷があったようだ。
武田通り
武田神社に到着
右近乃橘
武田神社
16世紀(戦国時代)の甲斐国の大名、武田信虎・信玄・勝頼が拠点とした武田氏の館跡
(躑躅ヶ崎館跡)に1919年(大正8年)創建。
1919年(大正8年)、武田信玄を慕う県民の運動により創建された。甲斐国の総鎮護。
御祭神 武田信玄公(1521-1573年)
戦国時代の大名。日本初の金貨と伝わる甲州金鋳造や治水事業(信玄堤)、殖産事業
などが評価されている。
合戦では、上杉謙信と長野県北部で争った川中島の合戦、
徳川家康を破った三方原の合戦が有名。
武田氏館跡の発掘調査現場
16世紀の水路跡?
武田氏館跡・躑躅ヶ崎館跡(つづちがさき・やかたあと)
室町時代末の戦国時代に甲斐国(現・山梨県)を支配していた武田家の館跡。
1519年に武田信虎が当地に館を移して以降、信玄、勝頼の三代が居住し、政経・文化の拠点と
なった。1582年に当地が武田家からの支配を離れ、安定政権を築く豊臣・徳川政権下で政庁は
甲府城(現・甲府駅の南東)へ移る。
武田神社近くの写真
~甲府駅の界隈~
甲州ブドウ
山梨県でブドウの栽培が始まった時期について確実な史料はないらしいが、2つの伝承がある。
1『奈良時代初頭の718年。勝沼の大善寺の薬園で栽培を試みたのが始まり』
2『平安時代末期から鎌倉時代にかけての1186年。
山中で石尊権現(山岳信仰と修験道を併せた神仏習合の神)の例大祭があった。その最中に、
ある村人が山ブドウとは異なる蔓を見つけた。石尊さまの賜物かな? とそれをお寺の菜園に
移植してみた。5年後に果実を結んだ。甲州ブドウの始まり』
江戸開府直前の1601年の検地帳に『上岩崎村(現・甲州市勝沼町)の甲州ブドウ樹164本』と
あったという。江戸時代に入り、棚架け栽培が普及して栽培量が増えていった。
『勝沼や 馬士は葡萄を 喰ひながら』 1811年・松木蓮之(まつきれんし)
甲州ブドウではありませんが、ジュエリーミュージアムの
シャインマスカットパフェを再掲載します
藤村記念館
藤村記念館
旧・睦沢学校校舎。1875年(明治8年)に睦沢村(現・甲斐市)に建設された
擬洋風建築校舎で、甲府市に移築された。
2000年代、私が30代の頃。当時に勤めていた会社の出張で山梨県へ。
山梨市→甲府市→小渕沢→都留の行程だった。
甲府市に入ったのは夜、ホテルにチェックイン後に腹ペコ星人になっていて街に出た。
雨の夜だった。山梨県の名物のほうとう鍋、その専門店『小作』さんに入った。
今回『小作』さんをみつけて、そんな20数年前の記憶がよみがえった。
ほうとう鍋『小作』さん
鶏のモツ煮
キノコのほうとう鍋・小豆のほうとう鍋
山梨県県庁
山梨県議会議事堂
1930年(昭和5年)竣工・県の有形文化財
帰りは、かいじ号を利用しました
いつもありがとうございます
以下は神奈川県内と都内と北関東の写真です。
猫の指人形ちこちゃん、漫画家さわだまこと製作
都内・高円寺『猫の額』さんで販売中
白鳥とカモ・北関東在住、従姉の旦那さん撮影








































