こんばんは。ひらめき

今ある報道を見てて思い出した事がある。

それは、富士山の6号目でぐずった二男をしばらくのつもりで、ベンチに置き去りにして父親は、連絡時すでに8合目まで登っていた。という話だった。当然非難轟々の話だが、同時に思い出した事がある。ニコニコびっくりマーク


それは、かれこれ50年ぐらい前の話。

地元が誇る山に家族で登山した時の事です。

父がその山に登ろうと言い出して、母の作ったおむすび🍙を持って親子4人で乗り物が行けるとこまで行って、登山した。


当然の事ながらあともう少しで山頂という最後の山小屋で当時低学年だった妹はもう嫌だえーんと疲れからぐずり出し、仕方がないなニヤニヤと当時高学年だった私を父が山頂へ連れて行ってくれた。母は妹とその場に残っていた。帰りは登りよりかなり楽だったと思う。なので、妹もぐずらずついて来た。おねがい


あの頃は家族皆んなが幸せだったなーと、つくづく思った。父もまだ30代で登山もしてた。まして亡くなった祖母の病の正式名称を知っていたかも今となっては、父もかなり前に亡くなっているので確かめようもない。ただ、晩年、お母さんの病気が遺伝性のものだなんて知らなかったと言っていたのは記憶している。えー


だから、当時はこの病気になるかもとは、父も私も予想だにしてなかったと言うか、病気の存在さえ知らなくて、普通の人生を送るものだと思っていたのだと思う。て言うか、何も考えてなかったと思う。


だから、あの頃はどこにでもいる普通の家族で、普通に幸せだったんだろーな。私にとっては父も私も何も知らなかった小中高生が幸せな記憶なのかも


そんな事をふと、思い出させてくれた出来事でした。バイバイバイバイ