2026-2-22(日)朝の室温、13度。

 

自宅瞑想、7:00-7:40、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

 

けさは、100回、と決めていた。その方が、気が楽だ。

 

深く大きく呼吸しながら、数を数えはじめた。<雑念>は、はじめは、日常生活関連のことで、雑多だった。が、めぐりめぐって、<終活>になり、<散骨>の是非について、想念していた。

 

代行する業者がいる。<遺骨>を<粉>にして、船で相模湾あたりまで行って、海に撒くようだ。自分の骨が、すりつぶされて、粉にされるのをイメージして、ちょっと、イヤな気がした。だが、そうしないと、<法>に触れるようだ。もっとも、もう死んでいる。問題ないだろう。

 

100回目を数え終えた。眠気もない。端座位が大儀でもない。飽きてもいない。数息を続行した。そのあと、150回目を過ぎても、まだ、頭がはっきりしていた。よからぬイメージも出てきた。

 

そのうち、手のひらがジーンとしてきた。いくらか、足先も重くなっている。目の前の暗い空間には、人の笑顔が、見えたような気もする。だが、180回目くらいからは、数を数えることに、多少<努力>をした。

 

<数息>を100回やるのは、苦にならない。が、150回、200回と続けるには、いまのところ、<努力>が必要だ。この<努力>ができる日と、できない日がある。なぜだかわからない。今度、意識的に、観察してみよう。